ない。うつくしい、金魚の泳いでる尾鰭《おひれ》の姿や、ぴらぴらと水銀色を輝かして跳ねてあがる鮎《あゆ》なんぞの立派さにはまるでくらべものになるのじゃあない。そうしてあんな、水浸《みずびたし》になって、大川の中から足を出してる、こんな人間がありますものか。で、人間だと思うとおかしいけれど、川ン中から足が生えたのだと、そう思って見ているとおもしろくッて、ちっとも嫌なことはないので、つまらない観世物《みせもの》を見に行《ゆ》くより、ずっとまし、なのだって、母様がそうお謂《い》いだから、私はそう思っていますもの。
 それから、釣をしてますのは、ね、先生、とまたその時先生にそういいました。あれは人間じゃあない、蕈《きのこ》なんで、御覧なさい。片手|懐《ふところ》って、ぬうと立って、笠を被《かぶ》ってる姿というものは、堤防《どて》の上に一|本《ぽん》占治茸《しめじ》が生えたのに違いません。
 夕方になって、ひょろ長い影がさして、薄暗い鼠色の立姿にでもなると、ますます占治茸で、ずっと遠い遠い処まで一ならびに、十人も三十人も、小さいのだの、大きいのだの、短いのだの、長いのだの、一番橋手前のを頭《かしら
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