を通って、私の顔を見たから、丁寧にお辞儀をすると、おや、といったきりで、橋銭を置かないで行ってしまった。
「ねえ、母様《おっかさん》、先生もずるい人なんかねえ。」
 と窓から顔を引込《ひっこ》ませた。

       二

「お心易立《こころやすだて》なんでしょう、でもずるいんだよ。よっぽどそういおうかと思ったけれど、先生だというから、また、そんなことで悪く取って、お前が憎まれでもしちゃなるまいと思って、黙っていました。」
 といいいい母様《おっかさん》は縫っていらっしゃる。
 お膝の上に落ちていた、一ツの方の手袋の、恰好《かっこう》が出来たのを、私は手に取って、掌《てのひら》にあててみたり、甲の上へ乗ッけてみたり、
「母様《おっかさん》、先生はね、それでなくっても僕のことを可愛がっちゃあ下さらないの。」
 と訴えるようにいいました。
 こういった時に、学校で何だか知らないけれど、私がものをいっても、快く返事をおしでなかったり、拗《す》ねたような、けんどんなような、おもしろくない言《ことば》をおかけであるのを、いつでも情《なさけ》ないと思い思いしていたのを考え出して、少し鬱《ふさ》いで
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