様のほかには、こんないいこと知ってるものはないのだから。分らない人にそんなこというと、怒られますよ。ただ、ねえ、そう思っていれば可《い》のだから、いってはなりませんよ。可いかい。そして先生が腹を立ってお憎みだって、そういうけれど、何そんなことがありますものか。それは皆《みんな》お前がそう思うからで、あの、雀だって餌《え》を与《や》って、拾ってるのを見て、嬉しそうだと思えば嬉しそうだし、頬白がおじさんにさされた時悲しい声と思って見れば、ひいひいいって鳴いたように聞えたじゃないか。
 それでも先生が恐い顔をしておいでなら、そんなものは見ていないで、今お前がいった、そのうつくしい菊の花を見ていたら可いでしょう。ね、そして何かい、学校のお庭に咲いてるのかい。」
「ああ沢山。」
「じゃあその菊を見ようと思って学校へおいで。花はね、ものをいわないから耳に聞えないでも、そのかわり眼にはうつくしいよ。」
 モひとつ不平なのはお天気の悪いことで、戸外《おもて》には、なかなか雨がやみそうにもない。

       五

 また顔を出して窓から川を見た。さっきは雨脚《あめあし》が繁くって、まるで、薄墨で刷《は》いたよう、堤防《どて》だの、石垣だの、蛇籠《じゃかご》だの、中洲《なかす》に草の生えた処だのが、点々《ぽっちりぽっちり》、あちらこちらに黒ずんでいて、それで湿っぽくって、暗かったから見えなかったが、少し晴れて来たから、ものの濡れたのが皆《みんな》見える。
 遠くの方に堤防《どて》の下の石垣の中ほどに、置物のようになって、畏《かしこま》って、猿が居る。
 この猿は、誰が持主というのでもない。細引《ほそびき》の麻縄で棒杭《ぼうぐい》に結《ゆわ》えつけてあるので、あの、湿地茸《しめじたけ》が、腰弁当の握飯を半分|与《や》ったり、坊ちゃんだの、乳母《ばあや》だのが、袂《たもと》の菓子を分けて与ったり、紅《あか》い着物を着ている、みいちゃんの紅雀《べにすずめ》だの、青い羽織を着ている吉公《きちこう》の目白だの、それからお邸《やしき》のかなりやの姫様《ひいさん》なんぞが、皆《みんな》で、からかいに行っては、花を持たせる、手拭《てぬぐい》を被《かぶ》せる、水鉄砲を浴《あび》せるという、好きな玩弄物《おもちゃ》にして、そのかわり何でもたべるものを分けてやるので、誰といって、きまって世話をする、飼主
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