そ》のものは何《ど》うであらうと些少《ちつと》も心《こころ》には懸《か》けないやうに日《ひ》ましにさうなつて来《き》た。しかしかういふ心《こゝろ》になるまでには、私《わたし》を教《をし》へるために毎日《まいにち》、毎晩《まいばん》、見《み》る者《もの》、聞《き》くものについて、母様《おつかさん》がどんなに苦労《くらう》をなすつて、丁寧《ていねい》に親切《しんせつ》に飽《あ》かないで、熱心《ねつしん》に、懇《ねんごろ》に噛《か》むで含《ふく》めるやうになすつたかも知《し》れはしない。だもの、何《ど》うして学校《がくかう》の先生《せんせい》をはじめ、余所《よそ》のものが少《せう》々位《ぐらゐ》のことで、分《わか》るものか、誰《だれ》だつて分《わか》りやしません。
処《ところ》が、母様《おつかさん》と私《わたし》とのほか知《し》らないことをモ一人《ひとり》他《ほか》に知《し》つてるものがあるさうで、始終《しゞう》母様《おつかさん》がいつてお聞《き》かせの、其《それ》は彼処《あすこ》に置物《おきもの》のやうに畏《かしこま》つて居《ゐ》る、あの猿《さる》―あの猿《さる》の旧《もと》の飼主《かひぬ
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