て、母様《おつかさん》の気高《けだか》い美《うつく》しい、頼母《たのも》しい、温当《おんたう》な、そして少《すこ》し痩《や》せておいでの、髪《かみ》を束《たば》ねてしつとりして居《ゐ》らつしやる顔《かほ》を見《み》て、何《なに》か談話《はなし》をしい/\、ぱつちりと眼《め》をあいてるつもりなのが、いつか其《その》まんまで寝《ね》てしまつて、眼《め》がさめると、また直《すぐ》支度《したく》を済《す》まして、学校《がくかう》へ行《ゆ》くんだもの。そんなこといつてる隙《ひま》がなかつたのが、雨《あめ》で閉籠《とぢこも》つて淋《さみ》しいので思《おも》ひ出《だ》した序《ついで》だから聞《き》いたので、
「何故《なぜ》だつて、何《なん》なの、此間《このあひだ》ねえ、先生《せんせい》が修身《しうしん》のお談話《はなし》をしてね、人《ひと》は何《なん》だから、世《よ》の中《なか》に一番《いちばん》えらいものだつて、さういつたの。母様《おつかさん》違《ちが》つてるわねえ。」
「むゝ。」
「ねツ違《ちが》つてるワ、母様《おつかさん》。」
と揉《もみ》くちやにしたので、吃驚《びつくり》して、ぴつたり手《て》をついて畳《たゝみ》の上《うへ》で、手袋《てぶくろ》をのした。横《よこ》に皺《しは》が寄《よ》つたから、引張《ひつぱ》つて、
「だから僕《ぼく》、さういつたんだ、いゝえ、あの、先生《せんせい》、さうではないの。人《ひと》も、猫《ねこ》も、犬《いぬ》も、それから熊《くま》も皆《みんな》おんなじ動物《けだもの》だつて。」
「何《なん》とおつしやつたね。」
「馬鹿《ばか》なことをおつしやいつて。」
「さうでしやう。それから、」
「それから、※[#始め二重括弧、1−2−54]だつて、犬《いぬ》や猫《ねこ》が、口《くち》を利《き》きますか、ものをいひますか※[#終わり二重括弧、1−2−55]ツて、さういふの。いひます。雀《すゞめ》だつてチツチツチツチツて、母様《おつかさん》と父様《おとつさん》と、児《こども》と朋達《ともだち》と皆《みんな》で、お談話《はなし》をしてるじやあありませんか。僕《ぼく》眠《ねむ》い時《とき》、うつとりしてる時《とき》なんぞは、耳《みみ》ン処《とこ》に来《き》て、チツチツチて[#「チて」に「ママ」の注記]、何《なに》かいつて聞《き》かせますのツてさういふとね、※[#始め二重括弧、1−2−54]詰《つま》らない、そりや囀《さへづ》るんです。ものをいふのぢやあなくツて、囀《さへづ》るの、だから何《なに》をいふんだか分《わか》りますまい※[#終わり二重括弧、1−2−55]ツて聞《き》いたよ。僕《ぼく》ね、あのウだつてもね、先生《せんせい》、人だつて、大勢《おほぜい》で、皆《みんな》が体操場《たいさうば》で、てんでに何《なに》かいつてるのを遠《とほ》くン処《とこ》で聞《き》いて居《ゐ》ると、何《なに》をいつてるのか些少《ちつと》も分《わか》らないで、ざあ/\ツて流《なが》れてる川《かは》の音《おと》とおんなしで僕《ぼく》分《わか》りませんもの。それから僕《ぼく》の内《うち》の橋《はし》の下《した》を、あのウ舟《ふね》漕《こ》いで行《ゆ》くのが何《なん》だか唄《うた》つて行《ゆ》くけれど、何《なに》をいふんだかやつぱり鳥《とり》が声《こゑ》を大《おほ》きくして長《なが》く引《ひつ》ぱつて鳴《な》いてるのと違《ちが》ひませんもの。ずツと川下《かはしも》の方《はう》でほう/\ツて呼《よ》んでるのは、あれは、あの、人《ひと》なんか、犬《いぬ》なんか、分《わか》りませんもの。雀《すゞめ》だつて、四十雀《しじふから》だつて、軒《のき》だの、榎《えのき》だのに留《と》まつてないで、僕《ぼく》と一所《いつしよ》に坐《すわ》つて話《はな》したら皆《みんな》分《わか》るんだけれど、離《はな》れてるから聞《き》こえませんの。だつてソツとそばへ行《い》つて、僕《ぼく》、お談話《はなし》しやうと思《おも》ふと、皆《みんな》立《た》つていつてしまひますもの、でも、いまに大人《おとな》になると、遠《とほ》くで居《ゐ》ても分《わか》りますツて、小《ちひ》さい耳《みゝ》だから、沢山《たんと》いろんな声《こゑ》が入《はい》らないのだつて、母様《おつかさん》が僕《ぼく》、あかさん[#「あかさん」に傍点]であつた時分《じぶん》からいひました。犬《いぬ》も猫《ねこ》も人間《にんげん》もおんなじだつて。ねえ、母様《おつかさん》、だねえ母様《おつかさん》、いまに皆《みんな》分《わか》るんだね。」
第三
母様《おつかさん》は莞爾《につこり》なすつて、
「あゝ、それで何《なに》かい、先生《せんせい》が腹《はら》をお立《た》ちのかい。」
そればかりではなかつた。私《わたし》
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