マ」の注記]あつた、それでもない。皆《みんな》違《ちが》つとる。翼《はね》の生《は》へたうつくしい姉《ねえ》さんは居《ゐ》ないのッて、一所《いつしよ》に立《た》つた人《ひと》をつかまへちやあ、聞《き》いたけれど、笑《わら》ふものやら、嘲《あざ》けるものやら、聞《き》かないふりをするものやら、つまらないとけなすものやら、馬鹿《ばか》だといふものやら、番小屋《ばんごや》の媽々《かゝ》に似《に》て此奴《こいつ》も何《ど》うかして居《ゐ》らあ、といふものやら、皆《みんな》獣《けだもの》だ。
(翼《はね》の生《は》へたうつくしい姉《ねえ》さんは居《ゐ》ないの)ツて聞《き》いた時《とき》、莞爾《につこり》笑《わら》つて両方《りやうはう》から左右《さいう》の手《て》でおうやうに私《わたし》の天窓《あたま》を撫《な》でゝ行《い》つた、それは一様《いちやう》に緋羅紗《ひらしや》のづぼんを穿《は》いた二人《ふたり》の騎兵《きへい》で――聞《き》いた時《とき》――莞爾《につこり》笑《わら》つて、両方《りやうほう》から左右《さいう》の手《て》で、おうやうに私《わたし》の天窓《あたま》をなでゝ、そして手《て》を引《ひき》あつて黙《だま》つて坂《さか》をのぼつて行《い》つた、長靴《ながぐつ》の音《おと》がぼつくりして、銀《ぎん》の剣《けん》の長《なが》いのがまつすぐに二《ふた》ツならんで輝《かゞや》いて見《み》えた。そればかりで、あとは皆《みな》馬鹿《ばか》にした。
五日《いつか》ばかり学校《がくかう》から帰《かへ》つちやあ其足《そのあし》で鳥屋《とりや》の店《みせ》へ行《い》つてじつと立《た》つて奥《おく》の方《はう》の暗《くら》い棚《たな》ん中《なか》で、コト/\と音《おと》をさして居《ゐ》る其《その》鳥《とり》まで見覚《みおぼ》えたけれど、翼《はね》の生《は》へた姉《ねえ》さんは居《ゐ》ないのでぼんやりして、ぼツとして、ほんとうに少《すこ》し馬鹿《ばか》になつたやうな気《き》がしい/\、日《ひ》が暮《く》れると帰《かへ》り帰《かへ》りした。で、とても鳥屋《とりや》には居《ゐ》ないものとあきらめたが、何《ど》うしても見《み》たくツてならないので、また母様《おつかさん》にねだつて聞《き》いた。何処《どこ》に居《ゐ》るの、翼《はね》の生《は》へたうつくしい人《ひと》は何処《どこ》に居《ゐ》るのツて。何《なん》とおいひでも肯分《きゝわ》けないものだから母様《おつかさん》が、
(それでは林《はやし》へでも、裏《うら》の田畝《たんぼ》へでも行《い》つて見《み》ておいで。何故《なぜ》ツて天上《てんじよう》に遊《あそ》んで居《ゐ》るんだから籠《かご》の中《なか》に居《ゐ》ないのかも知《し》れないよ)
それから私《わたし》、あの、梅林《ばいりん》のある処《ところ》に参《まゐ》りました。
あの桜山《さくらやま》と、桃谷《もゝだに》と、菖蒲《あやめ》の池《いけ》とある処《ところ》で。
しかし其《それ》は唯《たゞ》青葉《あをば》ばかりで菖蒲《あやめ》の短《みじか》いのがむらがつてゝ、水《みづ》の色《いろ》の黒《くろ》い時分《じぶん》、此処《こゝ》へも二日《ふつか》、三日《みつか》続《つゞ》けて行《ゆ》きましたつけ、小鳥《ことり》は見《み》つからなかつた。烏《からす》が沢山《たんと》居《ゐ》た。あれが、かあ/\鳴《な》いて一《ひと》しきりして静《しづ》まると其姿《そのすがた》の見《み》えなくなるのは、大方《おほかた》其翼《そのはね》で、日《ひ》の光《ひかり》をかくしてしまふのでしやう、大《おほ》きな翼《はね》だ、まことに大《おほき》い翼《つばさ》だ、けれどもそれではない。
第十二
日《ひ》が暮《く》れかゝると彼方《あつち》に一《ひと》ならび、此方《こつち》に一《ひと》ならび縦横《じうわう》になつて、梅《うめ》の樹《き》が飛《とび》々に暗《くら》くなる。枝《えだ》々のなかの水田《みづた》の水《みづ》がどむよりして淀《よど》むで居《ゐ》るのに際立《きはだ》つて真白《まつしろ》に見《み》えるのは鷺《さぎ》だつた、二羽《には》一処《ひとところ》にト三羽《さんば》一処《ひとところ》にト居《ゐ》てそして一羽《いちは》が六|尺《しやく》ばかり空《そら》へ斜《なゝめ》に足《あし》から糸《いと》のやうに水《みづ》を引《ひ》いて立《た》つてあがつたが音《おと》がなかつた、それでもない。
蛙《かはづ》が一斉《いつせい》に鳴《な》きはじめる。森《もり》が暗《くら》くなつて、山《やま》が見《み》えなくなつた。
宵月《よいづき》の頃《ころ》だつたのに曇《くもつ》てたので、星《ほし》も見《み》えないで、陰々《いんいん》として一面《いちめん》にものゝ色《いろ》が灰《はい》のやうにうるんであつ
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