みづ》ン中《なか》だと思《おも》つて叫《さけ》ばうとすると水《みづ》をのんだ。もう駄目《だめ》だ。
もういかんとあきらめるトタンに胸《むね》が痛《いた》かつた、それから悠々《いういう》と水《みづ》を吸《す》つた、するとうつとりして何《なん》だか分《わか》らなくなつたと思《おも》ふと溌《ぱつ》と糸《いと》のやうな真赤《まつか》な光線《くわうせん》がさして、一巾《ひとはゞ》あかるくなつたなかにこの身躰《からだ》が包《つゝ》まれたので、ほつといきをつくと、山《やま》の端《は》が遠《とほ》く見《み》えて私《わたし》のからだは地《つち》を放《はな》れて其頂《そのいたゞき》より上《うへ》の処《ところ》に冷《つめた》いものに抱《かゝ》へられて居《ゐ》たやうで、大《おほ》きなうつくしい眼《め》が、濡髪《ぬれがみ》をかぶつて私《わたし》の頬《ほゝ》ん処《とこ》へくつゝいたから、唯《たゞ》縋《すが》り着《つ》いてじつと眼《め》を眠《ねむ》つた[「眠つた」に「ママ」の注記]覚《おぼえ》がある。夢《ゆめ》ではない。
やつぱり片袖《かたそで》なかつたもの、そして川《かは》へ落《おつ》こちて溺《おぼ》れさうだつたのを救《すく》はれたんだつて、母様《おつかさん》のお膝《ひざ》に抱《だ》かれて居《ゐ》て、其晩《そのばん》聞《き》いたんだもの。だから夢《ゆめ》ではない。
一躰《いつたい》助《たす》けて呉《く》れたのは誰《だれ》ですッて、母様《おつかさん》に問《と》ふた。私《わたし》がものを聞《き》いて、返事《へんじ》に躊躇《ちうちよ》をなすつたのは此時《このとき》ばかりで、また、それは猪《いぬしゝ》だとか、狼《おほかみ》だとか、狐《きつね》だとか、頬白《ほゝじろ》だとか、山雀《やまがら》だとか、鮟鱇《あんかう》だとか鯖《さば》だとか、蛆《うぢ》だとか、毛虫《けむし》だとか、草《くさ》だとか、竹《たけ》だとか、松茸《まつたけ》だとか、しめぢだとかおいひでなかつたのも此時《このとき》ばかりで、そして顔《かほ》の色《いろ》をおかへなすつたのも此時《このとき》ばかりで、それに小《ちひ》さな声《こゑ》でおつしやつたのも此時《このとき》ばかりだ。
そして母様《おつかさん》はかうおいひであつた。
(廉《れん》や、それはね、大《おほ》きな五色《ごしき》の翼《はね》があつて天上《てんじやう》に遊《あそ》んで居《ゐ》るうつくしい姉《ねえ》さんだよ)
第十一
(鳥《とり》なの、母様《おつかさん》)とさういつて其時《そのとき》私《わたし》が聴《き》いた。
此《これ》にも母様《おつかさん》は少《すこ》し口籠《くちごも》つておいでゝあつたが、
(鳥《とり》ぢやないよ、翼《はね》の生《は》へた美《うつく》しい姉《ねえ》さんだよ)
何《ど》うしても分《わか》らんかつた。うるさくいつたらしまひにやお前《まへ》には分《わか》らない、とさうおいひであつた、また推返《おしかへ》して聴《き》いたら、やつぱり、
(翼《はね》の生《は》へたうつくしい姉《ねえ》さんだつてば)
それで仕方《しかた》がないからきくのはよして、見《み》やうと思《おも》つた、其《その》うつくしい翼《はね》のはへたもの見《み》たくなつて、何処《どこ》に居《ゐ》ます/\ツて、せつツ[#「つツ」に「ママ」の注記]いても知《し》らないと、さういつてばかりおいでゝあつたが、毎日《まいにち》/\あまりしつこかつたもんだから、とう/\余儀《よぎ》なさゝうなお顔色《かほつき》で、
(鳥屋《とりや》の前《まへ》にでもいつて見《み》て来《く》るが可《いゝ》)
そんならわけはない。
小屋《こや》を出《で》て二|町《ちやう》ばかり行《ゆ》くと直《すぐ》坂《さか》があつて、坂《さか》の下口《おりくち》に一軒《いつけん》鳥屋《とりや》があるので、樹蔭《こかげ》も何《なん》にもない、お天気《てんき》のいゝ時《とき》あかるい/\小《ちひ》さな店《みせ》で、町家《まちや》の軒《のき》ならびにあつた。鸚鵡《あうむ》なんざ、くるツとした露《つゆ》のたりさうな、小《ちい》[#「ちい」はママ]さな眼《め》で、あれで瞳《ひとみ》が動《うご》きますね。毎日《まいにち》々々行《い》つちやあ立《た》つて居《ゐ》たので、しまひにやあ見知顔《みしりがほ》で私《わたし》の顔《かほ》を見《み》て頷《うなづ》くやうでしたつけ、でもそれぢやあない。
駒《こま》はね、丈《たけ》の高《たか》い、籠《かご》ん中《なか》を下《した》から上《うへ》へ飛《と》んで、すがつて、ひよいと逆《さかさ》に腹《はら》を見《み》せて熟柿《ぢくし》の落《おつ》こちるやうにぽたりとおりて餌《え》をつゝいて、私《わたし》をばかまひつけない、ちつとも気《き》に懸《か》けてくれやうとはしないで[#「いで」に「マ
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