お》いてある、この小《ちい》さな窓《まど》から風《ふう》がはりな猪《いぬしゝ》だの、奇躰《きたい》な簟《きのこ》だの、不思議《ふしぎ》な猿《さる》だの、まだ其他《そのた》に人《ひと》の顔《かほ》をした鳥《とり》だの、獣《けもの》だのが、いくらでも見《み》えるから、ちつとは思出《おもひで》になるトいつちやあ、アノ笑顔《わらひがほ》をおしなので、私《わたし》もさう思《おも》つて見《み》る故《せい》か、人《ひと》があるいて行《ゆ》く時《とき》、片足《かたあし》をあげた処《ところ》は一本脚《いつぽんあし》の鳥《とり》のやうでおもしろい、人《ひと》の笑《わら》ふのを見《み》ると獣《けだもの》が大《おほ》きな赤《あか》い口《くち》をあけたよと思《おも》つておもしろい、みいちやんがものをいふと、おや小鳥《ことり》が囀《さへづ》るかトさう思《おも》つてをかしいのだ。で、何《なん》でもおもしろくツてをかしくツて吹出《ふきだ》さずには居《ゐ》られない。
だけれど今《いま》しがたも母様《おつかさん》がおいひの通《とほ》り、こんないゝことを知《し》つてるのは、母様《おつかさん》と私《わたし》ばかりで何《ど》うして、みいちやんだの、吉公《きちこう》だの、それから学校《がくかう》の女《をんな》の先生《せんせい》なんぞに教《をし》へたつて分《わか》るものか。
人《ひと》に踏《ふ》まれたり、蹴《け》られたり、後足《うしろあし》で砂《すな》をかけられたり、苛《いぢ》められて責《さいな》まれて、熱湯《にえゆ》を飲《の》ませられて、砂《すな》を浴《あび》せられて、鞭《むち》うたれて、朝《あさ》から晩《ばん》まで泣通《なきどほ》しで、咽喉《のど》がかれて、血《ち》を吐《は》いて、消《き》えてしまいさうになつてる処《ところ》を、人《ひと》に高見《たかみ》で見物《けんぶつ》されて、おもしろがられて、笑《わら》はれて、慰《なぐさみ》にされて、嬉《うれ》しがられて、眼《め》が血走《ちばし》つて、髪《かみ》が動《うご》いて、唇《くちびる》が破《やぶ》れた処《ところ》で、口惜《くや》しい、口惜《くや》しい、口惜《くや》しい、口惜《くや》しい、畜生《ちくしやう》め、獣《けだもの》め、ト始終《しじう》さう思《おも》つて、五|年《ねん》も八|年《ねん》も経《た》たなければ、真個《ほんとう》に分《わか》ることではない、覚《おぼ》えられることではないんださうで、お亡《なく》んなすつた、父様《おとつさん》トこの母様《おつかさん》とが聞《き》いても身震《みぶるひ》がするやうな、そう[#「そう」に「ママ」の注記]いふ酷《ひど》いめに、苦《くる》しい、痛《いた》い、苦《くる》しい、辛《つら》い、惨刻《ざんこく》なめに逢《あ》つて、さうしてやう/\お分《わか》りになつたのを、すつかり私《わたし》に教《おし》へて下《くだ》すつたので。私《わたし》はたゞ母《かあ》ちやん/\てツて母様《おつかさん》の肩《かた》をつかまいたり、膝《ひざ》にのつかつたり、針箱《はりばこ》の引出《ひきだし》を交《ま》ぜかへしたり、物《もの》さしをまはして見《み》たり、縫裁《おしごと》の衣服《きもの》を天窓《あたま》から被《かぶ》つて見《み》たり、叱《しか》られて逃《に》げ出《だ》したりして居《ゐ》て、それでちやんと教《をし》へて頂《いたゞ》いて、其《それ》をば覚《おぼ》えて分《わか》つてから、何《なん》でも鳥《とり》だの、獣《けだもの》だの、草《くさ》だの、木《き》だの、虫《むし》だの、簟《きのこ》だのに人《ひと》が見《み》えるのだからこんなおもしろい、結構《けつかう》なことはない。しかし私《わたし》にかういふいゝことを教《をし》へて下《くだ》すつた母様《おつかさん》は、とさう思《おも》ふ時《とき》は鬱《ふさ》ぎました。これはちつともおもしろくなくつて悲《かな》しかつた、勿体《もつたい》ないとさう思《おも》つた。
だつて母様《おつかさん》がおろそかに聞《き》いてはなりません。私《わたし》がそれほどの思《おもひ》をしてやう/\お前《まへ》に教《をし》へらるゝやうになつたんだから、うかつに聞《き》いて居《ゐ》ては罰《ばち》があたります。人間《にんげん》も鳥獣《てうぢゆう》も草木《さうもく》も、混虫類《こんちゆうるゐ》も皆《みんな》形《かたち》こそ変《かは》つて居《ゐ》てもおんなじほどのものだといふことを。
トかうおつしやるんだから。私《わたし》はいつも手《て》をついて聞《き》きました。
で、はじめの内《うち》は何《ど》うしても人《ひと》が鳥《とり》や、獣《けだもの》とは思《おも》はれないで、優《やさ》しくされれば嬉《うれ》しかつた、叱《しか》られると恐《こは》かつた、泣《な》いてると可哀想《かあいさう》だつた、そしていろんなこと
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