《ほゝじろ》が居《ゐ》たのを、棹《さを》でもつてねらつたから、あら/\ツてさういつたら、叱《し》ツ、黙《だま》つて、黙《だま》つてツて恐《こは》い顔《かほ》をして私《わたし》を睨《ね》めたから、あとじさりをして、そツと見《み》て居《ゐ》ると、呼吸《いき》もしないで、じつとして、石《いし》のやうに黙《だま》つてしまつて、かう据身《すゑみ》になつて、中空《なかぞら》を貫《つらぬ》くやうに、じりツと棹《さを》をのばして、覗《ねら》つてるのに、頬白《ほゝじろ》は何《なん》にも知《し》らないで、チ、チ、チツチツてツて、おもしろさうに、何《なに》かいつてしやべつて居《ゐ》ました。
其《それ》をとう/\突《つゝつ》いてさして取《と》ると、棹《さを》のさきで、くる/\と舞《ま》つて、まだ烈《はげ》しく声《こゑ》を出《だ》して啼《な》いてるのに、智恵《ちゑ》のあるおぢさんの鳥《とり》さしは、黙《だま》つて、鰌掴《どぜうつかみ》にして、腰《こし》の袋《ふくろ》ン中《なか》へ捻《ねぢ》り込《こ》むで、それでもまだ黙《だま》つて、ものもいはないので、のつそりいつちまつたことがあつたんで。

     第四

頬白《ほゝじろ》は智恵《ちゑ》のある鳥《とり》さしにとられたけれど、囀《さへづ》つてましたもの。ものをいつて居《ゐ》ましたもの。おぢさんは黙《だんま》りで、傍《そば》に見《み》て居《ゐ》た私《わたし》までものをいふことが出来《でき》なかつたんだもの、何《なに》もくらべこして、どつちがえらいとも分《わか》りはしないつて。
何《なん》でもそんなことをいつたんで、ほんとう[#「とう」に「ママ」の注記]に私《わたし》さう思《おも》つて居《ゐ》ましたから。
でも其《それ》を先生《せんせい》が怒《おこ》つたんではなかつたらしい。
で、まだ/\いろんなことをいつて、人間《にんげん》が、鳥《とり》や獣《けだもの》よりえらいものだとさういつておさとしであつたけれど、海《うみ》ン中《なか》だの、山奥《やまおく》だの、私《わたし》の知《し》らない、分《わか》らない処《ところ》のことばかり譬《たとへ》に引《ひ》いていふんだから、口答《くちごたへ》は出来《でき》なかつたけれど、ちつともなるほどと思《おも》はれるやうなことはなかつた。
だつて、私《わたし》母様《おつかさん》のおつしやること、虚言《うそ》だと思《おも》ひませんもの。私《わたし》の母様《おつかさん》がうそをいつて聞《き》かせますものか。
先生《せんせい》は同《おなじ》一組《クラス》の小児達《こどもたち》を三十人も四十人も一人《ひとり》で可愛《かあい》がらうとするんだし、母様《おつかさん》は私《わたし》一人|可愛《かあ》いんだから、何《ど》うして、先生《せんせい》のいふことは私《わたし》を欺《だま》すんでも、母様《おつかさん》がいつてお聞《き》かせのは、決《けつ》して違《ちが》つたことではない、トさう思《おも》つてるのに、先生《せんせい》のは、まるで母様《おつかさん》のと違《ちが》つたこといふんだから心服《しんぷく》はされないぢやありませんか。
私《わたし》が頷《うなづ》かないので、先生《せんせい》がまた、それでは、皆《みんな》あなたの思《おも》つている通《とほ》りにして置《お》きましやう。けれども木《き》だの、草《くさ》だのよりも、人間《にんげん》が立優《たちまさ》つた、立派《りつぱ》なものであるといふことは、いかな、あなたにでも分《わか》りましやう、先《ま》づそれを基礎《どだい》にして、お談話《はなし》をしやうからつて、聞《き》きました。
分《わか》らない。私《わたし》さうは思《おも》はなかつた。
「あのウ母様《おつかさん》、だつて、先生《せんせい》、先生《せんせい》より花《はな》の方《ほう》[#「ほう」はママ]がうつくしうございますツてさう謂《い》つたの。僕《ぼく》、ほんとう[#「とう」はママ]にさう思《おも》つたの、お庭《には》にね、ちやうど菊《きく》の花《はな》が咲《さ》いてるのが見《み》えたから。」
先生《せんせい》は束髪《そくはつ》に結《ゆ》つた、色《いろ》の黒《くろ》い、なりの低《ひく》い頑丈《がんじやう》な、でく/\肥《ふと》つた婦人《をんな》の方《かた》で、私《わたし》がさういふと顔《かほ》を赤《あか》うした。それから急《きふ》にツヽケンドンなものいひおしだから、大方《おほかた》其《それ》が腹《はら》をお立《た》ちの源因《げんゐん》であらうと思《おも》ふ。
「母様《おつかさん》、それで怒《おこ》つたの、さうなの。」
母様《おつかさん》は合点々々《がつてんがつてん》をなすつて、
「おゝ、そんなことを坊《ばう》や、お前《まへ》いひましたか。そりや御道理《ごもつとも》だ。」
といつて笑顔《ゑがほ》を
前へ 次へ
全17ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング