ぞっとしたくらい、まざまざとここで見たんだよ。
 しかしその机は、昔からここにある見覚えのある、庚申堂はじまりからの附道具《つきどうぐ》で、何もあなたの母様《おっかさん》の使っておいでなすったのを、堂へ納めたというんじゃない。
 それがまたどうして、ここで幻を見たろうと思うと……こうなんだ。
 私の母親の亡くなったのは、あなたの母親《おっかさん》より、二年ばかり前だったろう。
 新盆《にいぼん》に、切籠《きりこ》を提《さ》げて、父親《おやじ》と連立って墓参《はかまいり》に来たが、その白張《しらはり》の切籠は、ここへ来て、仁右衛門|爺様《じいさま》に、アノ威張《いば》った髯題目《ひげだいもく》、それから、志す仏の戒名《かいみょう》、進上《しんじょう》から、供養の主《ぬし》、先祖代々の精霊《しょうりょう》と、一個一個《ひとつひとつ》に書いて貰《もら》うのが例でね。
 内《うち》ばかりじゃない、今でも盆にはそうだろうが、よその爺様《じいさま》婆様《ばあさま》、切籠持参は皆そうするんだっけ。
 その年はついにない、どうしたのか急病で、仁右衛門が呻《うめ》いていました。
 さあ、切籠が迷った、白張でうろうろする。
 ト同じ燈籠《とうろう》を手に提《さ》げて、とき色の長襦袢《ながじゅばん》の透いて見える、羅《うすもの》の涼《すず》しい形《なり》で、母娘連《おやこづれ》、あなたの祖母《おばあさん》と二人連で、ここへ来なすったのが、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、324−7]《ねえ》さんだ。
 やあ、占《し》めた、と云うと、父親《おやじ》が遠慮なしに、お絹《きぬ》さん――あなた、母様《おっかさん》の名は知っているかい。」
 突俯《つッぷ》したまま、すねたように頭《かぶり》を振った。
「お願《ねがい》だ、お願だ。精霊大まごつきのところ、お馴染の私《わし》が媽々《かかあ》の門札《かどふだ》を願います、と燈籠を振廻《ふりま》わしたもんです。
 母様《おっかさん》は、町内評判の手かきだったからね、それに大勢居る処だし、祖母《おばあ》さんがまた、ちっと見せたい気もあったかして、書いてお上げなさいよ、と云ってくれたもんだから、扇《おうぎ》を畳《たた》んで、お坐んなすったのが――その机です。
 これは、祖父《じい》の何々院《なになにいん》、これは婆さまの何々信
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