あ、そうですか、じゃあ里に遣《や》られなすったお娘《こ》なんですね。音信不通《いんしんふつう》という風説だったが、そうですか。――いや、」
と言《ことば》を改めて、
「二十年前の事が、今目の前に見えるようだ。お察し申します。
私も、その頃|阿母《おふくろ》に別れました。今じゃ父親《おやじ》も居《お》らんのですが、しかしまあ、墓所《はかしょ》を知っているだけでも、あなたより増《まし》かも知れん。
そうですか。」
また歎息して、
「お墓所もご存じない。」
「はい、何にも知りません。あなたは、よく私の両親の事をご存じでいらっしゃいます、せめて、その、その百人一首でも見とうござんすのにね。……」
と言《ことば》も乱れて、
「墓《おはか》の所をご存じではござんすまいか。」
「……困ったねえ。門徒宗《もんとしゅう》でおあんなすったっけが、トばかりじゃ……」
と云い淀《よど》むと、堪《たま》りかねたか、蒲団《ふとん》の上へ、はっと突俯《つッぷ》して泣くのであった。
謙造は目を瞑《ねむ》って腕組したが、おお、と小さく膝《ひざ》を叩《たた》いて、
「余りの事のお気の毒さ。肝心《かんじん》の事を忘れました。あなた、あなた、」
と二声《ふたこえ》に、引起された涙の顔。
「こっちへ来てご覧なさい。」
謙造は座を譲って、
「こっちへ来て、ここへ、」
と指さされた窓の許《もと》へ、お君は、夢中《むちゅう》のように、つかつか出て、硝子窓の敷居《しきい》に縋《すが》る。
謙造はひしと背後《うしろ》に附添《つきそ》い、
「松葉越《まつばごし》に見えましょう。あの山は、それ茸狩《たけがり》だ、彼岸《ひがん》だ、二十六|夜待《やまち》だ、月見だ、と云って土地の人が遊山《ゆさん》に行く。あなたも朝夕見ていましょう。あすこにね、私の親たちの墓があるんだが、その居《い》まわりの回向堂《えこうどう》に、あなたの阿母《おっか》さんの記念《かたみ》がある。」
「ええ。」
「確《たしか》にあります、一昨日《おととい》も私が行って見て来たんだ。そこへこれからお伴《とも》をしよう、連れて行って上げましょう、すぐに、」
と云って勇《いさ》んだ声で、
「お身体《からだ》の都合《つごう》は、」
その花やかな、寂《さみ》しい姿をふと見つけた。
「しかし、それはどうとも都合《つごう》が出来よう。」
「まあ
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