申して、朝も早くから、その、(ぴい、ぷう。)と、橋を渡りましたり、路地を抜けましたり。……それが死にましてからはな、川向うの芸妓屋《げいしゃや》道に、どんな三味線が聞えましても、お客様がたは、按摩の笛というものをお聞きになりますまいでござります。何のまた聞えずともではござりますがな。――へい、いえ、いえそのままでお宜《よろ》しゅう……はい。
そうした貴方様、勉強家でござりました癖に、さて、これが療治に掛《かか》りますと、希代にのべつ、坐睡《いねむり》をするでござります。古来、姑《しゅうとめ》の目ざといのと、按摩の坐睡は、遠島ものだといたしたくらいなもので。」
とぱちぱちぱちと指を弾《はじ》いて、
「わしども覚えがござります。修業中小僧のうちは、またその睡《ねむ》い事が、大蛇を枕でござりますて。けれども小一のははげしいので……お客様の肩へつかまりますと、――すぐに、そのこくりこくり。……まず、そのために生命《いのち》を果しましたような次第でござりますが。」
「何かい、歩きながら、川へ落《おっ》こちでもしたのかい。」
「いえ、それは、身投《みなげ》で。」
「ああ、そうだ、――こっちが坐
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