者で、続いて出たのは雁がね、飛んで来たのは弁慶で、争って騎《の》ろうとする。揉《も》みに揉んで、太刀と長刀《なぎなた》が左右へ開いて、尺八が馬上に跳返った。そのかわり横田圃《よこたんぼ》へ振落された。
 ただこのくらいな間《ま》だったが――山の根に演芸館、花見座の旗を、今日はわけて、山鳥のごとく飜した、町の角の芸妓屋《げいしゃや》の前に、先刻の囃子屋台が、大《おおき》な虫籠《むしかご》のごとくに、紅白の幕のまま、寂寞《せきばく》として据《すわ》って、踊子の影もない。はやく町中《まちなか》、一練《ひとねり》は練廻って剰《あま》す処がなかったほど、温泉の町は、さて狭いのであった。やがて、新造の石橋で列を造って、町を巡《まわ》りすました後では、揃ってこの演芸館へ練込んで、すなわち放楽の乱舞となるべき、仮装行列を待顔に、掃清《はききよ》められた状《さま》のこのあたりは、軒提灯《のきぢょうちん》のつらなった中に、かえって不断より寂しかった。
 峰の落葉が、屋根越に――
 日蔭の冷い細流《せせらぎ》を、軒に流して、ちょうどこの辻の向角《むこうかど》に、二軒並んで、赤毛氈《あかもうせん》に、よごれ蒲
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