まったほどにも思わない。冥利《みょうり》として、ただで、お銭《あし》は遣れないから、肩で船を漕《こ》いでいなと、毎晩のように、お慈悲で療治をおさせになりました。……ところが旦那。」
と暗い方へ、黒い口を開けて、一息して、
「どうも意固地《いこじ》な……いえ、不思議なもので、その時だけは小按摩が決して坐睡をいたさないでござります。」
「その、おかみさんには電気でもあったのかな。」
「へ、へ、飛んでもない。おかみさんのお傍《そば》には、いつも、それはそれは綺麗な、お美しいお嬢さんが、大好きな、小説本を読んでいるのでござります。」
「娘ッ子が読むんじゃあ、どうせ碌《ろく》な小説じゃあるまいし、碌な娘ではないのだろう。」
「勿体《もったい》ない。――香都良川には月がある、天城山《あまぎやま》には雪が降る、井菊の霞に花が咲く、と土地ではやしましたほどのお嬢さんでござりますよ。」
「按摩さん、按摩さん。」
と欣七郎が声を刻んだ。
「は、」
「きみも土地じゃ古顔だと云うが。じゃあ、その座敷へも呼ばれただろうし、療治もしただろうと思うが、どうだね。」
「は、それが、つい、おうわさばかり伺いまして、
前へ
次へ
全48ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング