し》を持たない料理人である。衣《きぬ》を透《とお》して、肉を揉み、筋を萎《なや》すのであるから恍惚《うっとり》と身うちが溶ける。ついたしなみも粗末になって、下じめも解けかかれば、帯も緩くなる。きちんとしていてさえざっとこの趣。……遊山《ゆさん》旅籠《はたご》、温泉宿などで寝衣《ねまき》、浴衣に、扱帯《しごき》、伊達巻《だてまき》一つの時の様子は、ほぼ……お互に、しなくっても可《よ》いが想像が出来る。膚《はだ》を左右に揉む拍子に、いわゆる青練《あおねり》も溢《こぼ》れようし、緋縮緬《ひぢりめん》も友染《ゆうぜん》も敷いて落ちよう。按摩をされる方《かた》は、対手《あいて》を盲《めくら》にしている。そこに姿の油断がある。足くびの時なぞは、一応は職業行儀に心得て、太脛《ふくらはぎ》から曲げて引上げるのに、すんなりと衣服《きもの》の褄《つま》を巻いて包むが、療治をするうちには双方の気のたるみから、踵《かかと》を摺下《ずりさが》って褄が波のようにはらりと落ちると、包ましい膝のあたりから、白い踵が、空にふらふらとなり、しなしなとして、按摩の手の裡《うち》に糸の乱るるがごとく縺《もつ》れて、艶《えん》
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