の薄さに、植込の常磐木《ときわぎ》の影もあらわな、夫人の前へ寄って来た。
赤鬼が最も著しい造声《つくりごえ》で、
「牛頭《ごず》よ、牛頭よ、青牛よ。」
「もうー、」
と牛の声で応じたのである。
「やい、十三塚にけつかる、小按摩な。」
「もう。」
「これから行って、釜へ打込《ぶちこ》め。」
「もう。」
「そりゃ――歩《あゆ》べい。」
「もう。」
「ああ、待って。」
お桂さんは袖を投げて一歩《ひとあし》して、
「待って下さいな。」
と釜のふちを白い手で留めたと思うと、
「お熱々《つつ》。」
と退《すさ》って耳を圧《おさ》えた。わきあけも、襟も、乱るる姿は、電燭《でんき》の霜に、冬牡丹《ふゆぼたん》の葉ながらくずるるようであった。
四
「小一さん、小一さん。」
たとえば夜の睫毛《まつげ》のような、墨絵に似た松の枝の、白張《しらはり》の提灯は――こう呼んで、さしうつむいたお桂の前髪を濃く映した。
婀娜《あだ》にもの優しい姿は、コオトも着ないで、襟に深く、黒に紫の裏すいた襟巻をまいたまま、むくんだ小按摩の前に立って、そと差覗《さしのぞ》きながら言ったのである。
褄《つま》が幻のもみじする、小流《こながれ》を横に、その一条《ひとすじ》の水を隔てて、今夜は分けて線香の香の芬《ぷん》と立つ、十三地蔵の塚の前には外套《がいとう》にくるまって、中折帽《なかおれぼう》を目深《まぶか》く、欣七郎が杖《ステッキ》をついて彳《たたず》んだ。
(――実は、彼等が、ここに夜泣松の下を訪れたのは、今夜これで二度めなのであった――)
はじめに。……話の一筋が歯に挟《はさま》ったほどの事だけれど、でも、その不快について処置をしたさに、二人が揃って、祭の夜《よ》を見物かたがた、ここへ来た時は。……「何だ、あの謙斎か、按摩め。こくめいで律儀らしい癖に法螺《ほら》を吹いたな。」そこには松ばかり、地蔵ばかり、水ばかり、何の影も見えなかった。空の星も晃々《きらきら》として、二人の顔も冴々《さえざえ》と、古橋を渡りかけて、何心なく、薬研《やげん》の底のような、この横流《よこながれ》の細滝に続く谷川の方を見ると、岸から映るのではなく、川瀬に提灯が一つ映った。
土地を知った二人が、ふとこれに心を取られて、松の方《かた》へ小戻りして、向合った崖縁に立って、谿河《たにがわ》を深く透かす
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