》の紺《こん》の雨絣《あまがすり》の羽織ばかり、繕《つくろ》はず、等閑《なおざり》に引被《ひっか》けた、其《そ》の姿は、敷詰《しきつ》めた絨氈《じゅうたん》の浮出《うきい》でた綾《あや》もなく、袖《そで》を投げた椅子の手の、緑の深さにも押沈《おししず》められて、消えもやせむと淡かつた。けれども、美しさは、夜《よる》の雲に暗く梢《こずえ》を蔽《おお》はれながら、もみぢの枝の裏透《うらす》くばかり、友染《ゆうぜん》の紅《くれない》ちら/\と、櫛巻《くしまき》の黒髪の濡色《ぬれいろ》の露《つゆ》も滴《したた》る、天井高き山の端《は》に、電燈の影白うして、揺《ゆら》めく如き暖炉の焔《ほのお》は、世に隠れたる山姫《やまひめ》の錦《にしき》を照らす松明《たいまつ》かと冴《さ》ゆ。
博士《はかせ》が旅行《たび》をした後《あと》に、交際《つきあい》ぎらひで、籠勝《こもりが》ちな、此《こ》の夫人が留守した家は、まだ宵《よい》の間《ま》も、実際|蔦《つた》の中に所在《ありか》の知《し》るゝ山家《やまが》の如き、窓明《まどあかり》。
広い住居《すまい》の近所も遠し。
久しぶりで、恁《こ》うして火を置か
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