と折れて、ポンと尻持《しりもち》を支《つ》いた体《てい》に、踵《かかと》の黒いのを真向《まむ》きに見せて、一本ストンと投出《なげだ》した、……恰《あたか》も可《よし》、他《ほか》の人形など一所《いっしょ》に並んだ、中に交《まじ》つて、其処《そこ》に、木彫にうまごやしを萌黄《もえぎ》で描《か》いた、舶来ものの靴が片隻《かたっぽ》。
で、肩を持たれたまゝ、右の跛《びっこ》の黒《くろ》どのは、夫人の白魚《しらうお》の細い指に、ぶらりと掛《かか》つて、一《ひと》ツ、ト前のめりに泳いだつけ、臀《いしき》を揺《ゆす》つた珍《ちん》な形で、けろりとしたもの、西瓜をがぶり。
熟《じっ》と視《み》て、
「まあ……」
離すと、可《い》いことに、あたり近所の、我朝《わがちょう》の姉様《あねさま》を仰向《あおむけ》に抱込《だきこ》んで、引《ひっ》くりかへりさうで危《あぶな》いから、不気味らしくも手からは落さず……
「島か、光《みつ》か、払《はたき》を掛けて――お待ちよ、否《いいえ》、然《そ》う/\……矢張《やっぱり》これは、此の話の中で、鰐《わに》に片足|食切《くいき》られたと云ふ土人か。人殺しをして、山へ遁《に》げて、大木《たいぼく》の梢《こずえ》へ攀《よ》ぢて、枝から枝へ、千仭《せんじん》の谷《たに》を伝はる処《ところ》を、捕吏《とりて》の役人に鉄砲で射《い》られた人だよ。
ねえ鸚鵡《おうむ》さん。」
と、足を継《つ》いで、籠《かご》の傍《わき》へ立掛《たてか》けた。
鸚鵡の目こそ輝いた。
三
「あんな顔をして、」
と夫人は声を沈めたが、打仰《うちあお》ぐやうに籠を覗《のぞ》いた。
「お前さん、お知己《ちかづき》ぢやありませんか。尤《もっと》も御先祖の頃だらうけれど――其の黒人《くろんぼ》も……和蘭陀《オランダ》人も。」
で、木彫の、小さな、護謨細工《ゴムざいく》のやうに柔かに襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》の入つた、靴をも取つて籠の前に差置《さしお》いて、
「此のね、可愛らしいのが、其の時の、和蘭陀館《オランダやかた》の貴公子ですよ。御覧、――お待ちなさいよ。恁《こ》うして並べたら、何だか、もの足りないから。」
フト夫人は椅子を立つたが、前に挟んだ伊達巻《だてまき》の端をキウと緊《し》めた。絨氈《じゅうたん》を運ぶ上靴は、雪に南天《なんてん》の実《み》の赤きを行く……
書棚を覗《のぞ》いて奥を見て、抽出《ぬきだ》す論語の第一巻――邸《やしき》は、置場所のある所とさへ言へば、廊下の通口《かよいぐち》も二階の上下《うえした》も、ぎつしりと東西の書もつの揃《そろ》つた、硝子戸《がらすど》に突当《つきあた》つて其から曲る、……本箱の五《いつ》ツ七《なな》ツが家の五丁目七丁目で、縦横《じゅうおう》に通ずるので。……こゝの此の書棚の上には、花は丁《ちょう》ど挿《さ》してなかつた、――手附《てつき》の大形の花籠《はなかご》と並べて、白木《しらき》の桐《きり》の、軸ものの箱が三《み》ツばかり。其の真中の蓋《ふた》の上に……
恁《こ》う仰々《ぎょうぎょう》しく言出《いいだ》すと、仇《かたき》の髑髏《しゃれこうべ》か、毒薬の瓶《びん》か、と驚かれよう、真個《まったく》の事を言ひませう、さしたる儀でない、紫《むらさき》の切《きれ》を掛けたなりで、一|尺《しゃく》三|寸《ずん》、一口《ひとふり》の白鞘《しらさや》ものの刀がある。
と黒目勝《くろめがち》な、意味の深い、活々《いきいき》とした瞳《ひとみ》に映ると、何思ひけむ、紫ぐるみ、本に添へて、すらすらと持つて椅子に帰つた。
其だけで、身の悩ましき人は吻《ほっ》と息する。
「さあ、此の本が、唐土《もろこし》の人……揃つたわね、主人も、客も。
而《そ》して鰐《わに》の晩飯時分、孔雀《くじゃく》のやうな玉《たま》の燈籠《とうろう》の裡《うち》で、御馳走《ごちそう》を会食して居る……
一寸《ちょいと》、其の高楼《たかどの》を何処《どこ》だと思ひます……印度《インド》の中のね、蕃蛇剌馬《ばんじゃらあまん》……船着《ふなつき》の貿易所、――お前さんが御存じだよ、私よりか、」
と打微笑《うちほほえ》み、
「主人《しゅじん》は、支那《しな》の福州《ふくしゅう》の大商賈《おおあきんど》で、客は、其も、和蘭陀《オランダ》の富豪父子《かねもちおやこ》と、此の島の酋長《しゅうちょう》なんですがね、こゝでね、皆《みんな》がね、たゞ一《ひと》ツ、其だけに就《つ》いて繰返して話して居たのは、――此のね、酋長の手から買取つて、和蘭陀の、其の貴公子が、此の家《うち》へ贈りものにした――然《そ》うね、お前さんの、あの、御先祖と云ふと年寄染《としよりじ》みます、其の時分は少《
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