け、で、焦げつくやうな炎天、夜《よる》は毒蛇《どくじゃ》の霧《きり》、毒虫《どくむし》の靄《もや》の中を、鞭《むち》打ち鞭打ち、こき使はれて、三月《みつき》、半歳《はんとし》、一年と云ふ中《うち》には、大方死んで、あと二三人だけ残つたのが一人々々、牛小屋から掴《つか》み出されて、果《はて》しも知らない海の上を、二十日目《はつかめ》に島一つ、五十日目に島一つ、離れ/″\に方々へ売られて奴隷《どれい》に成りました。
孫一《まごいち》も其の一人だつたの……此の人はね、乳も涙も漲《みなぎ》り落ちる黒女《くろめ》の俘囚《とりこ》と一所《いっしょ》に、島々を目見得《めみえ》に廻つて、其の間《あいだ》には、日本、日本で、見世ものの小屋に置かれた事もあつた。一度|何処《どこ》か方角も知れない島へ、船が水汲《みずくみ》に寄つた時、浜つゞきの椰子《やし》の樹の奥に、恁《こ》うね、透かすと、一人、コトン/\と、寂《さび》しく粟《あわ》を搗《つ》いて居た亡者《もうじゃ》があつてね、其が夥間《なかま》の一人だつたのが分つたから、声を掛けると、黒人《くろんぼ》が突倒《つきたお》して、船は其のまゝ朱色《しゅいろ》の海へ、ぶく/\と出たんだとさ……可哀相ねえ。
まだ可哀《あわれ》なのはね、一所《いっしょ》に連廻《つれま》はられた黒女《くろめ》なのよ。又何とか云ふ可恐《おそろし》い島でね、人が死ぬ、と家属《かぞく》のものが、其の首は大事に蔵《しま》つて、他人の首を活《い》きながら切つて、死人の首へ継合《つぎあ》はせて、其を埋《うず》めると云ふ習慣《ならわし》があつて、工面《くめん》のいゝのは、平常《ふだん》から首代《くびしろ》の人間を放飼《はなしがい》に飼つて置く。日本ぢや身がはりの首と云ふ武士道とかがあつたけれど、其の島ぢや遁《に》げると不可《いけな》いからつて、足を縛つて、首から掛けて、股《また》の間《あいだ》へ鉄の分銅《ふんどう》を釣《つ》るんだつて……其処《そこ》へ、あの、黒い、乳の膨れた女は買はれたんだよ。
孫一は、天の助けか、其の土地では売れなくつて――とう/\蕃蛇剌馬《ばんじゃらあまん》で方《かた》が附いた――
と云ふ訳なの……
話は此なんだよ。」
夫人は小さな吐息した。
「其《そ》のね、ね。可悲《かなし》い、可恐《おそろし》い、滅亡の運命が、人たちの身に、暴風雨《あらし》と成つて、天地とともに崩掛《くずれかか》らうとする前の夜《よる》、……風はよし、凪《なぎ》はよし……船出の祝ひに酒盛したあと、船中残らず、ぐつすりと寝込んで居た、仙台の小淵《こぶち》の港で――霜《しも》の月に独《ひと》り覚《さ》めた、年十九の孫一の目に――思ひも掛けない、艫《とも》の間《ま》の神龕《かみだな》の前に、凍《こお》つた竜宮の几帳《きちょう》と思ふ、白気《はっき》が一筋《ひとすじ》月に透いて、向うへ大波が畝《うね》るのが、累《かさな》つて凄《すご》く映る。其の蔭に、端麗《あでやか》さも端麗《あでやか》に、神々《こうごう》しさも神々しい、緋の袴《はかま》の姫が、お一方《ひとかた》、孫一を一目見なすつて、
――港で待つよ――
と其の一言《ひとこと》。すらりと背後《うしろ》向かるゝ黒髪のたけ、帆柱《ほばしら》より長く靡《なび》くと思ふと、袴の裳《もすそ》が波を摺《す》つて、月の前を、さら/\と、かけ波の沫《しぶき》の玉を散らしながら、衝《つ》と港口《みなとぐち》へ飛んで消えるのを見ました……あつと思ふと夢は覚《さ》めたが、月明りに霜の薄煙《うすけぶ》りがあるばかり、船の中に、尊い香《こう》の薫《かおり》が残つたと。……
此の船中に話したがね、船頭はじめ――白痴《たわけ》め、婦《おんな》に誘はれて、駈落《かけおち》の真似がしたいのか――で、船は人ぐるみ、然《そ》うして奈落へ逆《さかさま》に落込《おちこ》んだんです。
まあ、何と言はれても、美しい人の言ふことに、従へば可《よ》かつたものをね。
七年|幾月《いくつき》の其の日はじめて、世界を代へた天竺《てんじく》の蕃蛇剌馬《ばんじゃらあまん》の黄昏《たそがれ》に、緋の色した鸚鵡《おうむ》の口から、同じ言《ことば》を聞いたので、身を投臥《なげふ》して泣いた、と言ひます。
微妙《いみじ》き姫神《ひめがみ》、余りの事の霊威に打《うた》れて、一座皆|跪《ひざまず》いて、東の空を拝みました。
言ふにも及ばない事、奴隷《どれい》の恥も、苦《くるし》みも、孫一は、其の座で解《と》けて、娘の哥鬱賢《こうつけん》が贐《はなむけ》した其の鸚鵡を肩に据《す》ゑて。」
と籠《かご》を開《あ》ける、と飜然《ひらり》と来た、が、此は純白|雪《ゆき》の如きが、嬉しさに、颯《さっ》と揚羽《あげは》の、羽裏《はうら》の色は淡く黄に、嘴《
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