に寺あり、小高き所、堂|一宇《いちう》、継信、忠信の両妻、軍立《いくさだち》の姿にて相双《あいなら》び立つ。
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軍《いくさ》めく二人の嫁や花あやめ
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 また、安永中の続奥の細道には――故将堂女体、甲冑を帯《たい》したる姿、いと珍し、古き像にて、彩色の剥《は》げて、下地なる胡粉《ごふん》の白く見えたるは、
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卯《う》の花や縅《おど》し毛ゆらり女武者
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 としるせりとぞ。この両様とも悉《くわ》しくその姿を記さざれども、一読の際、われらが目には、東遊記に写したると同じ状《さま》に見えていと床し。
 しかるに、観聞志《かんもんし》と云える書には、――斎川以西有羊腸《さいかわいせいようちょうあり》、維石厳々《これいしげんげん》、嚼足《あしをかみ》、毀蹄《ひづめをやぶる》、一高坂也《いっこうはんなり》、是以馬憂※[#「兀のにょうの形+虫」、第4水準2−87−29]※[#「こざとへん+貴」、第3水準1−93−63]《これをもってうまかいたいをうれう》、人痛嶮艱《ひとけんかんをいたむ》、王勃所謂《おうぼついわゆる》、関山難踰者《かんざんこえがたきもの》、方是乎可信依《まさにここにおいてかしんいすべし》、土人称破鐙坂《どじんやれあぶみのさかとしょうす》、破鐙坂東有一堂《やれあぶみざかのひがしにいちどうあり》、中置二女影《なかににじょえいをおく》、身着戎衣服《みにじゅういのふくをつけ》、頭戴烏帽子《かしらにえぼしをいただき》、右方執弓矢《うほうにきうしをとり》、左方撫刀剣《さほうにとうけんをぶす》――とありとか。
 この女像にして、もし、弓矢を取り、刀剣を撫《ぶ》すとせんか、いや、腰を踏張《ふんば》り、片膝|押《おし》はだけて身構えているようにて姿甚だととのわず。この方が真《まこと》ならば、床しさは半ば失《う》せ去る。読む人々も、かくては筋骨|逞《たくま》しく、膝節《ひざぶし》手ふしもふしくれ立ちたる、がんまの娘を想像せずや。知らず、この方《かた》はあるいは画像などにて、南谿が目のあたり見て写しおける木像とは違《たが》えるならんか。その長刀《なぎなた》持ちたるが姿なるなり。東遊記なるは相違あらじ。またあらざらん事を、われらは願う。観聞志もし過《あやま》ちたらんには不都合なり、王勃《おうぼつ》が謂《い》う所などはどうでもよし、心すべき事ならずや。
 近頃心して人に問う、甲冑堂の花あやめ、あわれに、今も咲けるとぞ。
 唐土の昔、咸寧《かんねい》の吏、韓伯《かんはく》が子|某《なにがし》と、王蘊《おううん》が子某と、劉耽《りゅうたん》が子某と、いずれ華冑《かちゅう》の公子等、相携えて行《ゆ》きて、土地の神、蒋山《しょうざん》の廟《びょう》に遊ぶ。廟中数婦人の像あり、白皙《はくせき》にして甚だ端正。
 三人この処に、割籠《わりご》を開きて、且つ飲み且つ大《おおい》に食《くら》う。その人も無げなる事、あたかも妓を傍《かたわら》にしたるがごとし。あまつさえ酔に乗じて、三人おのおの、その中《うち》三婦人の像を指《ゆびさ》し、勝手に選取《よりど》りに、おのれに配して、胸を撫《な》で、腕を圧《お》し、耳を引く。
 時に、その夜の事なりけり。三人同じく夢む。夢に蒋侯《しょうこう》、その伝教《さんだいふ》を遣わして使者の趣を白《もう》さす。曰く、不束《ふつつか》なる女ども、猥《みだり》に卿等《けいら》の栄顧を被る、真に不思議なる御縁の段、祝着に存ずるものなり。就《つい》ては、某《それ》の日、あたかも黄道|吉辰《きっしん》なれば、揃って方々《かたがた》を婿君にお迎え申すと云う。汗冷たくして独りずつ夢さむ。明くるを待ちて、相見て口を合わするに、三人符を同じゅうしていささかも異なる事なし。ここにおいて青くなりて大《おおい》に懼《おそ》れ、斉《ひと》しく牲《にえ》を備えて、廟に詣《まい》って、罪を謝し、哀を乞う。
 その夜また倶《とも》に夢む。この度や蒋侯神、白銀の甲冑し、雪のごとき白馬に跨《またが》り、白羽の矢を負いて親しく自《みずか》ら枕に降《くだ》る。白き鞭《むち》をもって示して曰く、変更の議|罷成《まかりな》らぬ、御身等《おんみら》、我が処女《むすめ》を何と思う、海老茶《えびちゃ》ではないのだと。
 木像、神《しん》あるなり。神なけれども霊あって来り憑《よ》る。山深く、里|幽《ゆう》に、堂宇|廃頽《はいたい》して、いよいよ活けるがごとくしかるなり。
[#地から1字上げ]明治四十四(一九一一)年六月



底本:「泉鏡花集成8」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年5月23日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十八卷」岩波書店
   1942(昭和17)年11月30日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、以下の箇所を除いて大振りにつくっています。
 安達《あだち》ヶ原の婆々《ばばあ》を想い
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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