《むこごおり》六甲山の西南に当りて、雲白く聳《そび》えたる峰の名なり。山の蔭に滝谷《たきだに》ありて、布引《ぬのびき》の滝の源というも風情なるかな。上るに三条《みすじ》の路《みち》あり。一《いつ》はその布引より、一は都賀野村《つがのむら》上野より、他は篠原《しのはら》よりす。峰の形|峻厳崎嶇《しゅんげんきく》たりとぞ。しかも海を去ること一里ばかりに過ぎざるよし。漣《さざなみ》の寄する渚《なぎさ》に桜貝の敷妙《しきたえ》も、雲高き夫人《ぶにん》の御手《みて》の爪紅《つまべに》の影なるらむ。
 伝え聞く、摩耶山|※[#「りっしんべん+刀」、第3水準1−84−38]利天王寺《とうりてんのうじ》夫人堂の御像《おんすがた》は、その昔《いにしえ》梁《りょう》の武帝、女人の産に悩む者あるを憐《あわれ》み、仏母《ぶつも》摩耶夫人《まやぶにん》の影像を造りて大功徳を修《しゅ》しけるを、空海上人入唐の時、我が朝に斎《かしず》き帰りしものとよ。
 知ることの浅く、尋ぬること怠るか、はたそれ詣《もう》ずる人の少きにや、諸国の寺院に、夫人を安置し勧請《かんじょう》するものを聞くこと稀《まれ》なり。
 十歳《とお
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