》ばかりの頃なりけん、加賀国石川|郡《ごおり》、松任《まっとう》の駅より、畦路《あぜみち》を半町ばかり小村《こむら》に入込《いりこ》みたる片辺《かたほとり》に、里寺あり、寺号は覚えず、摩耶夫人おわします。なき母をあこがれて、父とともに詣でしことあり。初夏《はつなつ》の頃なりしよ。里川に合歓花《ねむ》あり、田に白鷺《しらさぎ》あり。麦やや青く、桑の芽の萌黄《もえぎ》に萌えつつも、北国の事なれば、薄靄《うすもや》ある空に桃の影の紅《くれない》染《そ》み、晴れたる水に李《すもも》の色|蒼《あお》く澄みて、午《ご》の時、月の影も添う、御堂《みどう》のあたり凡ならず、畑《はた》打つものの、近く二人、遠く一人、小山の裾《すそ》に数うるばかり稀なりしも、浮世に遠き思《おもい》ありき。
本堂正面の階《きざはし》に、斜めに腰掛けて六部一人、頭《かしら》より高く笈《おい》をさし置きて、寺より出《いだ》せしなるべし。その廚《くりや》の方《かた》には人の気勢《けはい》だになきを、日の色白く、梁《うつばり》の黒き中に、渠《かれ》ただ一人渋茶のみて、打憩《うちやす》ろうていたりけり。
その、もの静《しずか》に、謹みたる状《さま》して俯向《うつむ》く、背のいと痩《や》せたるが、取る年よりも長き月日の、旅のほど思わせつ。
よし、それとても朧気《おぼろげ》ながら、彼処《かしこ》なる本堂と、向って右の方《かた》に唐戸一枚隔てたる夫人堂の大《おおい》なる御廚子《みずし》の裡《うち》に、綾《あや》の几帳《きちょう》の蔭なりし、跪《ひぎまず》ける幼きものには、すらすらと丈高う、御髪《おぐし》の艶《つや》に星一ツ晃々《きらきら》と輝くや、ふと差覗《さしのぞ》くかとして、拝まれたまいぬ。浮べる眉、画《えが》ける唇、したたる露の御《おん》まなざし。瓔珞《ようらく》の珠の中にひとえに白き御胸を、来よとや幽《かすか》に打寛《うちくつ》ろげたまえる、気高く、優しく、かしこくも妙《たえ》に美しき御姿、いつも、まのあたりに見参らす。
今思出でつと言うにはあらねど、世にも慕わしくなつかしきままに、余所《よそ》にては同じ御堂《みどう》のまたあらんとも覚えずして、この年月《としつき》をぞ過《すご》したる。されば、音にも聞かずして、摂津、摩耶山の※[#「りっしんべん+刀」、第3水準1−84−38]利天王寺に摩耶夫人の御堂あ
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