く晩の卓子臺を圍んで居たが、
――番傘がお茶を引いた――
おもしろい。
悟つて尼に成らない事は、凡そ女人以上の糸七であるから、折しも欄干越の桂川の流をたゝいて、ざつと降出した雨に氣競つて、
「おもしろい、其の番傘にお茶をひかすな。」
宿つきの運轉手の馴染なのも、ちやうど帳場に居はせた。
九時頃であつた。
「さつきの番傘の新造を二人……どうぞ。」
「はゝゝ、お樂みで……」
番頭の八方無碍の會釋をして、其の眞新しいのを又運轉手の傍へ立掛けた。
しばらくして、此の傘を、さら/\と降る雨に薄白く暗夜にさして、女たちは袖を合せ糸七が一人立ちで一畝の水田を前にして彳んだ處は、今しがた大根畑から首を出して指しをした奧の院道の土橋を遙に見る――一方は例の釣橋から、一方は鳶の嘴のやうに上へ被さつた山の端を潜つて、奧在所へさながら谷のやうに深く入る――俗に三方、また信仰の道に因んで三寶ヶ辻と呼ぶ場所である。
――衝き進むエンジンの音に鳴留んだけれども、眞上に突出た山の端に、ふアツふアツと、山臥がうつむけに息を吹掛けるやうな梟の聲を聞くと、女連は眞暗な奧在所へ入るのを可厭がつた。元來宿を出る
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