世辭を言つて、身近におびき寄せたものであつた。
「ごめんなさい、熊澤さん。」
 こんな時の、名も頼もしい運轉手に娘分の方が――其のかはり糸七のために詫をいつて、
「ね、小玉だ、小玉だ、……かつと、かつと……叔母さんのいふやうに聞こえるわね。」
「蛙なかまも、いづれ、さかり時の色事でございませう、よく鳴きますな、調子に乘つて、波を立てゝ鳴きますな、星が降ると言ひますが、あの聲をたゝく雨は花片の音がします。」
 月があると、晝間見た、畝に咲いた牡丹の影が、こゝへ重つて映るであらう。
「旦那。」
「………」
 妙に改つた聲で、
「提灯が來ますな――むかふから提灯ですね。」
「人通りがあるね。」
「今時分、やつぱり在方の人でせうね。」
 娘分のいふのに、女房は默つて見た。
 温泉の町入口はづれと言つてもよからう、もう、あの釣橋よりも此方へ、土を二三尺離れて一つ灯れて來るのであるが、女連ばかりとは言ふまい、糸七にしても、これは、はじめ心着いたのが土地のもので樣子の分つた運轉手で先づ可かつた、然うでないと、いきなり目の前へ梟の腹で鬼火が燃えたやうに怯えたかも知れない。……見える其の提灯が、むく/\
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