らの耕地でない證には破垣のまばらに殘つた水田を熟と闇夜に透かすと、鳴くわ、鳴くわ、好きな蛙どもが裝上つて浮かれて唱ふ、そこには見えぬ花菖蒲、杜若、河骨も卯の花も誘はれて來て踊りさうである。
 此處だ。
「よく、鳴いてるなあ。」
 世にある人でも、歌人でも、こゝまでは變りはあるまい、が、情ない事には、すぐあとへ、
「あゝ、嘸ぞお腹がいゝだらう。」
 ――さだめしお飯をふんだんに食つたらう―ても情ない事をいふ―と、喜多八がさもしがる。……三嶋の宿で護摩の灰に胴卷を拔かれたあとの、あはれはこゝに彌次郎兵衞、のまず、くはずのまず、竹杖にひよろ/\と海道を辿りながら、飛脚が威勢よく飛ぶのを見て、其の滿腹を羨んだのと思ひは齊しい。……又膝栗毛で下司ばる、と思召しも恥かしいが、こんな場合には繪言葉卷ものや、哲理、科學の横綴では間に合はない。
 生芋の欠片さへ芋屋の小母さんが無代では見向きもしない時は、人間よりはまだ氣の知れない化ものゝ方に幾分か憑頼がある、姑獲女を知らずや、嬰兒を抱かされても力餅が慾しいのだし、ひだるさにのめりさうでも、金平式の武勇傳で、劍術は心得たから、糸七は、其處に小提灯の幽靈の
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