え、叔母さん。」
「まつたくさ、私もをかしいと思つて居るほどなんだよ、氣の所爲だわね、……氣の所爲といへば、新ちやんどう、あの一齊に鳴く聲が、活東さんといやしない?……
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かつと、かつと、
  かつと、……
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 それ、揃つて、皆して……」
「むゝ、聞こえる、――かつと、かつと――か、然ういへば。――成程これはおもしろい。」
 女房のいふことなぞは滅多に應といつた事のない奴が、これでは濟むまい、蛙の聲を小玉小路で羨んだ、その昔の空腹を忘却して、圖に乘氣味に、田の縁へ、ぐつと踞んで聞込む氣で、いきなり腰を落しかけると、うしろ斜めに肩を並べて廂の端を借りて居た運轉手の帽子を傘で敲いて驚いたのである。
「あゝ、これは何うも。」
 其の癖、はじめは運轉手が、……道案内の任がある、且つは婦連のために頭に近い梟の魔除の爲に、降るのに故と臺から出て、自動車に引添つて頭から黒扮裝の細身に腕を組んだ、一寸探偵小説のやみじあひの※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]繪に似た形で屹として彳んで居たものを、暗夜の畷の寂しさに、女連が世辭を言つて、身近におびき寄せたものであつた。
「ごめんなさい、熊澤さん。」
 こんな時の、名も頼もしい運轉手に娘分の方が――其のかはり糸七のために詫をいつて、
「ね、小玉だ、小玉だ、……かつと、かつと……叔母さんのいふやうに聞こえるわね。」
「蛙なかまも、いづれ、さかり時の色事でございませう、よく鳴きますな、調子に乘つて、波を立てゝ鳴きますな、星が降ると言ひますが、あの聲をたゝく雨は花片の音がします。」
 月があると、晝間見た、畝に咲いた牡丹の影が、こゝへ重つて映るであらう。
「旦那。」
「………」
 妙に改つた聲で、
「提灯が來ますな――むかふから提灯ですね。」
「人通りがあるね。」
「今時分、やつぱり在方の人でせうね。」
 娘分のいふのに、女房は默つて見た。
 温泉の町入口はづれと言つてもよからう、もう、あの釣橋よりも此方へ、土を二三尺離れて一つ灯れて來るのであるが、女連ばかりとは言ふまい、糸七にしても、これは、はじめ心着いたのが土地のもので樣子の分つた運轉手で先づ可かつた、然うでないと、いきなり目の前へ梟の腹で鬼火が燃えたやうに怯えたかも知れない。……見える其の提灯が、むく/\
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