ば冥土《よみじ》の色ならず、真珠の流《ながれ》を渡ると覚えて、立花は目が覚めたようになって、姿を、判然《はっきり》と自分を視《なが》めた。
我ながら死して栄《はえ》ある身の、こは玉となって砕けたか。待て、人の妻と逢曳《あいびき》を、と心付いて、首《こうべ》を低《た》れると、再び真暗《まっくら》になった時、更に、しかし、身はまだ清らかであると、気を取直して改めて、青く燃ゆる服の飾を嬉しそうに見た。そして立花は伊勢は横幅の渾沌《こんとん》として広い国だと思った。宵の内通った山田から相の山、茶店で聞いた五十鈴川、宇治橋も、神路山も、縦に長く、しかも心に透通るように覚えていたので。
その時、もう、これをして、瞬間の以前、立花が徒《いたずら》に、黒白《あやめ》も分かず焦り悶《もだ》えた時にあらしめば、たちまち驚いて倒れたであろう、一間ばかり前途《ゆくて》の路に、袂《たもと》を曳《ひ》いて、厚い※[#「ころもへん+施のつくり」、第3水準1−91−72]《ふき》を踵《かかと》にかさねた、二人、同一《おなじ》扮装《いでたち》の女《め》の童《わらわ》。
竪矢《たてや》の字の帯の色の、沈んで紅《あか》きさえ認《したた》められたが、一度《ひとたび》胸を蔽《おお》い、手を拱《こまぬ》けば、たちどころに消えて見えなくなるであろうと、立花は心に信じたので、騒ぐ状《さま》なくじっと見据えた。
「はい。」
「お迎《むかい》に参りました。」
駭然《がくぜん》として、
「私を。」
「内方《うちかた》でおっしゃいます。」
「お召ものの飾から、光の射《さ》すお方を見たら、お連れ申して参りますように、お使《つかい》でございます。」と交《かわ》る交《がわ》るいって、向合って、いたいたけに袖《そで》をひたりと立つと、真中《まんなか》に両方から舁《か》き据えたのは、その面《おもて》銀のごとく、四方あたかも漆のごとき、一面の将棋盤。
白き牡丹《ぼたん》の大輪なるに、二ツ胡蝶《こちょう》の狂うよう、ちらちらと捧げて行《ゆ》く。
今はたとい足許が水になって、神路山の松ながら人肌を通す流《ながれ》に変じて、胸の中に舟を纜《もや》う、烏帽子《えぼし》直垂《ひたたれ》をつけた船頭なりとも、乗れとなら乗る気になった。立花は怯《お》めず、臆《おく》せず、驚破《すわ》といわば、手釦《てぼたん》、襟飾を隠して、あらゆるも
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