るが、この寒いに、戸外《おもて》からお入りなさったきり、洒落《しゃれ》にかくれんぼを遊ばす陽気ではござりません。殊に靴までお隠しなさりますなぞは、ちと手重《ておも》過ぎまするで、どうも変でござりまするが、お年紀頃《としごろ》、御容子《ごようす》は、先刻《さっき》申上げましたので、その方に相違ござりませぬか、お綺麗な、品の可《い》い、面長《おもなが》な。」
「全く、そう。」
「では、その方は、さような御串戯《ごじょうだん》をなさる御人体《ごじんてい》でござりますか、立花様とおっしゃるのは。」
「いいえ、大人《おとなし》い、沢山《たんと》口もきかない人、そして病人なの。」
 そりゃこそと番頭。
「ええ。」
「もう、大したことはないんだけれど、一時《ひとしきり》は大病でね、内の病院に入っていたんです。東京で私が姉妹《きょうだい》のようにした、さるお嬢さんの従兄子《いとこ》でね、あの美術、何、彫刻師《ほりものし》なの。国々を修行に歩行《ある》いている内、養老の滝を見た帰りがけに煩って、宅で養生をしたんです。二月ばかり前から、大層、よくなったには、よくなったんだけれど、まだ十分でないッていうのに、肯《き》かないでまた旅へ出掛けたの。
 私が今日こちらへ泊って、翌朝《あした》お参《まいり》をするッてことは、かねがね話をしていたから、大方|旅行先《たびさき》から落合って来たことと思ったのに、まあ、お前、どうしたというのだろうね。」
「はッ。」
 というと肩をすぼめて首《こうべ》を垂れ、
「これは、もし、旅で御病気かも知れませぬ。いえ、別に、貴女様《あなたさま》お身体《からだ》に仔細《しさい》はござりませぬが、よくそうしたことがあるものにござります。はい、何、もうお見上げ申しましたばかりでも、奥方様、お身のまわりへは、寒い風だとて寄ることではござりませぬが、御帰宅の後はおこころにかけられて、さきざきお尋ね遊ばしてお上げなされまし、これはその立花様とおっしゃる方が、親御、御兄弟より貴女様を便りに遊ばしていらっしゃるに相違ござりませぬ。」
 夫人はこれを聞くうちに、差俯向《さしうつむ》いて、両方引合せた袖口《そでくち》の、襦袢《じゅばん》の花に見惚《みと》れるがごとく、打傾いて伏目《ふしめ》でいた。しばらくして[#「しばらくして」は底本では「しばらしくて」]、さも身に染みたように、肩を
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