わななかし、小鼻に柔和な皺《しわ》を刻んで、深く両手を拱《こまぬ》いたが、噫《ああ》、我かつて誓うらく、いかなる時にのぞまんとも、我《わが》心、我が姿、我が相好、必ず一体の地蔵のごとくしかくあるべき也《なり》と、そもさんか菩薩《ぼさつ》。
「夫人《おくさん》、どうしても、貴女《あなた》、怪《あやし》い獣に……という、疑《うたがい》は解けんですか。」
「はい、お恥かしゅう存じます。」と手を支《つ》いて、誰《たれ》にか詫《わ》び入る、そのいじらしさ。
眼《まなこ》を閉じたが、しばらくして、
「恐るべきです、恐るべきだ。夢現《ゆめうつつ》の貴女《あなた》には、悪獣《あくじゅう》の体《たい》に見えましたでありましょう。私の心は獣《けだもの》でした。夫人《おくさん》、懺悔《ざんげ》をします。廉平が白状するです。貴女に恥辱を被らしたものは、四脚《よつあし》の獣ではない、獣のような人間じゃ。
私です。
鳥山廉平一生の迷いじゃ、許して下さい。」と、その襯衣《しゃつ》ばかりの頸《うなじ》を垂れた。
夫人はハッと顔を上げて、手をつきざまに右視左瞻《とみこうみ》つつ、背《せな》に乱れた千筋《ちすじ》の黒髪、解くべき術《すべ》もないのであった。
「許して下さい。お宅へ参って、朝夕、貴女《あなた》に接したのが因果です。賢君に対して殆《ほと》んど献身的に尽したのは、やがて、これ、貴女に生命を捧げていたのです。
未《いま》だ四十という年にもならんで、御存じの通り、私は、色気もなく、慾気もなく、見得もなく、およそ出世間的に超然として、何か、未来の霊光を認めておるような男であったのを御存じでしょう。
なかなか以《もっ》て、未来の霊光ではなく、貴女のその美しいお姿じゃった。
けれども、到底尋常では望みのかなわぬことを悟ったですから、こんど当地の別荘をおなごりに、貴女のお傍《そば》を離れるに就いて、非常な手段を用いたですよ。
五年勤労に酬《むく》いるのに、何か記念の品をと望まれて、悟《さとり》も徳もなくていながら、ただ仏体を建てるのが、おもしろい、工合のいい感じがするで、石地蔵を願いました。
今の世に、さような変ったことを言い、かわったことを望むものが、何……をするとお思いなさる。
廉平は魔法づかいじゃ。」
と石上に跣坐《ふざ》したその容貌《ようぼう》、その風采《ふうさい》、或はし
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