るべき分子なり。親に対する孝道なり。家に対する責任なり。朋友に対する礼儀なり。親属にたいする交誼《かうぎ》なり。総括すれば社会に対する義務なり。然も我に於て寸毫《すんがう》の益する処あらず。婚姻何ぞ其人のために喜ぶべけむや。祝すべけむや。めでたからむや。しかも媒《なかうど》はいふめでたしと、舅姑はいふめでたしと、親類はいふめでたしと、朋友はいふめでたしと、そも何の意ぞ。他なし、社会のために祝するなり。
 古来|我国《わがくに》の婚礼は、愛のためにせずして社会のためにす。奉儒《ほうじゆ》の国は子孫なからざるべからずと命ずるに因れり。もしそれ愛によりて起る処の婚姻ならむか、舅姑なにかある、小姑何かある、凡《すべ》ての関係者何かある、そも/\社会は何かある。然るに、社会に対する義務の為《ため》に止《や》むを得ずして結婚をなす、舅姑は依然として舅姑たり、関係者、皆依然として渠を窮せしむ。人の親の、其児《そのこ》に教ふるに愛を以てせずして漫《みだり》に恭謙、貞淑、温柔をのみこれこととするは何ぞや。既にいふ、愛は「無我」なりと。我なきもの誰《たれ》か人倫を乱らむや。しかも婚姻を以て人生の大礼なりと
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