ば上野なら上野で、清水の堂に、文金の高島田、紫の矢絣、と云つた美人が、銀地の扇か何か持つてゐるといふと、……奈何にも色彩が榮えて配合その宜しきを得てゐるが、これが今時のやうな風俗であると一寸弱る、前述のやうだとお花見らしい上野が見えると言ふもの。夫から上野にしろ向島にしろ、そこらを歩いてゐる女達が、左程迄にゆかなくつても、濃艶淡彩とり/″\に見えるけれど、此頃の風俗ではパツと咲いてる櫻花の下に、女は唯黒ツぽく見えるばかり、打見たところ色が雜つて、或|混氣《まざりけ》のない心持のよい色だけで、身裝を飾るといふ事が出來なくなつたらしく、色の上にぼかしをかけて、ぼかし過ぎた部分へまた白粉の極彩色、工手間《くでま》のかゝつた、一刷毛で埓のあかぬ化粧ぶりは、造花に配したら見劣もしまいけれど、唯妙に薄黒く見えるので、全體海老茶といふあの色がもう黒く見える。其他背負上、帶の色、混沌たる色彩を爲して、二重にも三重にも塗りつけた有樣がある。そこで其色彩が、日中の花盛砂埃を浴びて立つても水際立つて美しくあつて然るべきのが、ボーツと霞んで居る時に見ても一向鮮かに見えぬ。
 酒なくて何のおのれが櫻かな、で花に
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