それが会社のために片腕[#「片腕」に「×」の傍記]を台[#「台」に「×」の傍記]なしにした犠牲者への手当だった。
「これを見ろ、たった[#「たった」に「×」の傍記]百円だぞ。会社のためになく[#「なく」に「×」の傍記]した片腕の代償[#「代償」に「×」の傍記]が、たった[#「たった」に「×」の傍記]百円だぞ。しかもこの片腕は、金持[#「金持」に「×」の傍記]ちの片腕たア少しちがうんだ。この腕以外に何の資本も持たねえ俺[#「俺」に「×」の傍記]たちの腕――」
「犠牲者[#「犠牲者」に「×」の傍記]に千円よこ[#「よこ」に「×」の傍記]せ!」
第二のストライキ[#「ストライキ」に「×」の傍記]だ。
そのストライキに入る前の日、交渉決裂の見とおしで忙しい最中だったが、俺は少しの暇を狙って甲吉の病床を見舞った。
「俺のためにストライキをやるなア、止して呉れ」と甲吉が云った「俺ア、この前裏切ったんだから、斯うなるなア因果だと思って諦めてる」
俺は笑った。
「お前えのためじゃねえよ。プロレタリアート[#「プロレタリアート」に「×」の傍記]のため[#「ため」に「×」の傍記]に、だよ」
「でも、お前えら、俺を憎んでるじゃねえか。憎まれながら、お前えらのおかげで千円貰ったって嬉しかねえよ」
「どうしてお前えは、先《せん》のストライキの時によ、それだけの意地を出さなかったんだい。裏切[#「裏切」に「×」の傍記]者になってまで首[#「首」に「×」の傍記]をつなぎたかあねえんだとな」
甲吉は黙ってしまった。
俺は帰ろうとすると、彼奴は俺を呼び止めた。
「ちょっと話したい事がある」そしておっかアの方に「お前えちょっと彼方《あっち》へ行っといで」と云った。
二人だけになった時、甲吉は云った。
「お前え、共産党[#「共産党」に「×」の傍記]か?」
「ううん、ちがう」
「嘘つけ」と彼は眼を尖らせた。
「何でそんな事云うんだ?」
「そんな気がする」
しばらくして、甲吉はつぶやいた。
「いや、もう遅い。片腕じゃ……くそ[#「くそ」に「×」の傍記]っ」
翌日の職場大会に、交渉決裂の報告を齎らした委員を迎えて、聴衆[#「聴衆」に「×」の傍記]は湧き立った。今度こそは! 俺ら全協[#「全協」に「×」の傍記]の仲間も躍り上った。俺らは一生懸命に働かなくちゃならぬ。ダラ幹の入る隙[#「隙」に「×」の傍記]をなくして、全協[#「全協」に「×」の傍記]の指導を貫徹[#「貫徹」に「×」の傍記]させなければならぬ。そして、全協[#「全協」に「×」の傍記]こそ、大衆の利益[#「利益」に「×」の傍記]のためには常に先頭[#「先頭」に「×」の傍記]に立つものであることを、身を以って知らさなくちゃならぬ。俺は用意[#「用意」に「×」の傍記]したビラを、上衣の下で握[#「握」に「×」の傍記]りしめた。
甲吉は片腕をなくした。俺は――今ここで生命[#「生命」に「×」の傍記]を投げ棄てよう。全協の旗のもとへ[#「の旗のもとへ」に「×」の傍記]!
[#地から1字上げ]――一九三一・七――
底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日初版
1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「中央公論」
1931(昭和6)年8月号
入力:林 幸雄
校正:青野弘美
2002年1月29日公開
2005年12月6日修正
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