處では退院の近づいた病人が明るい聲で笑つてゐる――そんな事をひよいと考へてみると、その長方形の八つの窓の明るさが何となく人間の不思議な運命の縮圖のやうに思はれたりするのであつた。
「ほんたうにあなたのお助かりになつたのは、院長さんも不思議だと云つてらつしやいましてよ……」と、私の生命がどんなに危かつたかを初めて聞かしてくれた時、武井さんはしまひにかう力の籠つた聲で云つて、ぢつと私の顏を見詰めてゐた。
「そんなでしたかね……」と、その詞がまだぴつたり頷けないやうな氣持で、私は武井さんの顏を見返してゐた。
「或る晩なんかは、何度先生の處へ駈けつけて行つたか分りませんわ。ほんとにもう今度こそは――と思つて……」
「何にも覺えてゐませんよ……」
私が相變らず反應のない、うは[#「うは」に傍点]の空の聲でかう云つたので、武井さんの白い顏には寂しい微笑が浮んでゐた。實際、私は自分がそんな危險な運命に迫られたとは、その時は思へないのであつた。
「ほんとに御當人が一番氣樂で好うございますわね……」と、その日の午後見舞ひに來た母は、武井さんがその會話の事を話して聞かせた時、かう云つて笑つた。が、直ぐそ
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