あつた。空氣は澄んで新鮮《フレツシユ》な凉しさを持つてゐた。それが武井さんにふいて貰つたばかりの頬にひやひやと觸れる時、私はほんとに氣持が好かつた。そして、チチチと何處からとなく聞えてくる朝の雀の囀りに耳を傾けながら、今日誰が見舞ひに來てくれるだらう――などと云ふ事を、樂しみながら考へたりした。
芝生の庭を挾んだ向うには、水色のペンキで塗つたこつちと同じやうな二階建の病室の棟が立つてゐた。そして、其處に八つ並んだ窓の一つ一つの中には寢てゐる病人の黒い頭や、氷嚢を換へたりなどしてゐる看護婦の顏がちらちらと見えた。或る窓には赤い花をつけた花鉢が置いてあつた。或る窓には白い布が干してあつた。聲は高くすれば聞えるくらゐの遠さだつたが、向うの看護婦とこつちの武井さんが時にはわざとらしく半布《ハンケチ》を振つて、相圖をし合つて、無聊を慰めるやうな笑ひを洩らし合つたりするのであつた。
夜になると、その向うの八つの窓にはぱつと電氣が點いた。長方形の明るさを持つた窓が夜の闇の中に、階下と階上とで形よく二條に並んでゐる――そのそれぞれの明るさの中で、或る處では死期の迫つた病人が暗い聲で呻いてゐる、或る
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