て行つて、密《ひそや》かなどよめきが教室の中に漲《みなぎ》つた。そしてぢつと先生の顏を見詰めてゐた私達は、一人一人|俯向《うつむ》いて來て、先生の詞を聞くよりも、次第に腹の底から込み上げてくる可笑しさを堪《こら》へる爲めに、息の詰るやうな苦しい努力を續けなければならなくなつた。
「……。だから諸君にとつて國語學程重要な物はない。」先生はチョッキの釦《ボタン》に絡《から》んだ、恐らくは天麩羅《てんぷら》らしい金鎖を指でまさぐりながら、調子に乘つて饒舌《しやべ》つてをられた。その糞眞面目な、如何《いか》にも尤《もつと》もらしい先生の樣子を見てゐると、流石《さすが》に吹き出すのは憚《はばか》られたのである。が、たうとう我慢のならなくなつた笑ひ上戸《じやうご》の吉田が、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の締め殺されるやうな奇聲を上げて噴《ふ》き出《だ》してしまつたので、それに釣り出されたみんなの笑ひ聲が堤の切れたやうにどつと迸《ほとばし》つた。春の明るい光線を湛《たた》へた教室の中には、笑ひの波が崩れ合ひ縺《もつ》れ合つて、一時に湧き返つた。
「何《な》、何《な》、何故《なぜ》笑ふ。何
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