た心のまま席に着いて、靜かに先生の顏に視線を集中した。
「私がこれから諸君のクラスを受け持つこととなつた。諸君は學生としての諸君の本分を……」先生は緩《ゆるや》かに腰を降して、出席簿を讀み終ると、やがてかう口を開かれた。みんなは從順な學生振りを示して、ぢつと傾聽してゐた。
 目の前にして見ると、額の狹い、頬骨の角張つた、そして痩せこけた先生の顏附は、如何にも貧相で、如何にも神經質らしい感じを深くした。その聲は相變らず低かつたが、聞いてゐる内に時々聞き慣れない調子|外《はづ》れの音が混《まじ》つた。而も初めには誰も氣附かなかつたらしいが、それが一音二音と重なつてくるにつれて、何處となく語調が可笑《をか》しく響くのである。然し、思ひの外滑《なめら》かな詞《ことば》の運びと、引き續いてゐたみんなの愼《つつし》みの念が、その隙《すき》を探る餘裕を與へなかつた。
「一體諸君は、國語學と云ふと輕蔑する傾きがある。然しそれはとんだ間違ひで、諸君が日本の人間である以上、一瞬間も諸君は國語學を忽《ゆるがせ》にしてはいけない……」私達の靜肅さに氣を得た先生は、その顏に輕い興奮の色を見せて、國語學の我田引水
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