新學期始業式の席上で、教頭が新任先生三人の紹介をした後、猫又先生は三人の最後に壇上に現れて、赤面しながら挨拶された。先生の丈《たけ》は日本人並であつたが、髮の毛が赤く縮れた上に、眼が深く凹《くぼ》んでゐて、如何《いか》にも神經質らしい人に見えた。私達は擔任の先生であると聞いたので、特別の期待と好奇心を以て、先生の詞《ことば》に耳を傾けてゐた。が、遠くに離れてゐた私達の眼に、先生の紫ずんだ唇が磯巾着《いそぎんちやく》のやうに開閉し、それにつれて左右に撥《は》ねた一文字髭が鳶《とび》の羽根のやうに上下するのが見えたかと思ふと、先生はもう降壇されてしまつた。呆氣《あつけ》に取られたのは私ばかりではない。みんなきよとんとした眼で互に顏を見合せて、にやりと笑つた。私達は所屬の教室に退いて、今度こそは――と思ひながら、先生の到着を待つてゐた。
「おいおい、あの先生は少し露助に似てるな。」と、剽輕者《へうきんもの》の高木が眞先に口を切つた。
「露助……それよりも僕は猫みたいな氣がしたぜ、眼が變に光つて、髭がぴんと横つちよに撥《は》ねてて……」と、一人が笑ひながら云つた。
「とに角、貧相な先生だ。」と
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