探偵小説の魅力
南部修太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)云《い》ふ
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)犯罪|乃至《ないし》は
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、底本のページと行数)
(例)[#「需+頁」、第3水準1−94−6、270−下−19]
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ある時、Wと云《い》ふ中年の刑事が私にこんな事を話し聞かせた。
『探偵と云《い》ふ仕事はちよつと考へると、如何《いか》にも面白さうな仕事らしく見えます。然し、その性質|如何《いかん》に拘《かゝは》らず、一|體《たい》人の犯罪|乃至《ないし》は祕密を探し尋ねて、それを白日《はくじつ》にさらし出すと云《い》ふ事はあんまり好い氣持のするものぢやありません。ましてそこには人知れぬ非常な苦心|骨折《ほねをり》があり、ひよつとすると命のあぶないやうな危險にも出會はなければならず、世間の人達からは妙に無氣味らしい眼を向けられると云《い》ふやうな譯《わけ》で、可成《かな》りつらい、厭《い》やな仕事です。で、自分でも始終心にさう思ひ、人にもついそれを訴へたくなる時があります。然し、私はこの仕事に從ふやうになつてからもうかれこれ十五六年になりますが、そんな風でゐながら、心の底ではやつぱりこの仕事が好きなんですね。なぜつて、自分がこの仕事から全く縁が切れてしまふ場合を想像してみると、何だか生きてる甲斐もなくなつてしまひさうな寂しい氣持がするんです。人間も全く勝手な、妙なもんですなあ。』
私は彼の仕事に對《たい》する氣持が私の文學の仕事に對《たい》する氣持とちよつと似通つてゐる事にひそかな興味を覺えながら、だまつて耳を傾けてゐた。彼はまた詞《ことば》を續《つゞ》けた。
『ですが、さう申すからには、つらい、厭《い》やな仕事だと思ふ一方に、やつぱりこの仕事を捨ててしまふ事の出來ないやうな、ちよつと云《い》ふに云《い》はれない。さあ何て云《い》ひますか、その魅力《チヤアム》とでも云《い》ふものがあるんですね。例へば一つの犯罪が持ち上る。そのやり方がうまいんで、どうしても犯人の手掛がつかない、係長初め何人かの仲間、警察の人達までが一生懸命に奔走し始める。自然、その間に手柄の競爭が起る。日日《ひにち》が延びると、世間では何のかんのと非難が聞え出す。さう云《い》ふ中で、人知れずあせつたりぐれたりしながら、東へ走り西へ飛ぶ。まるで身も心も張り切るだけ張り切るんです。その擧句《あげく》に、全くちよいとした事から人に先んじて一つの有力な手掛を掴み出した時、そのまま飛び上つて踊り出したいやうな、慾得離れた嬉しさと云《い》つたら、やつぱりこの仕事をやつてる者でなければ分らない味ですね。變なもので、その手掛から犯人があがつた時には得意とか安心とか云《い》ふよりも、寧ろ何となく胸を抑へられぬやうな厭《い》やな氣持がするもんです。まあ要するにその前の嬉しさの味ですよ。私がこの仕事を捨てられない魅力《チヤアム》と云《い》ふのは!』
小憎らしい程落ち着いた、[#底本では句点]冷靜な人だつたが、ちよつと興奮した聲でかう詞《ことば》を結ぶと、その嬉しさの味のためには一生その仕事を止めないだらうと云《い》ふ風に、彼は靜かな微笑を唇に浮べた。
さて、このW刑事が私に話した處《ところ》の嬉しさの味とは何を意味するものであらうか? いや、それよりも探偵とは一|體《たい》どう云《い》ふ仕事であらうか? 云《い》ふまでもなく、それは彼もちよつと云《い》つたやうに人間の、廣《ひろ》く云《い》へば人生に於ける犯罪をあばき出し、祕密を探り出し、或は不思議を解決する事である。處《ところ》で、人間は誰しもさう云《い》ふ事には本能的に興味や好奇心を持ち、強く誘惑される性質をそなへている。そして、實際にさう云《い》ふ事にぶつかると、本能の滿足から一種の快感を感じる。云《い》ふならば、彼の所謂《いはゆる》嬉しさの味とは、そこまでに到る彼の職業上の苦心努力の報いられた喜びに一そう強められた、[#底本では句点]その快感に外ならない。然し、彼は普通の人間とは違つて、さう云《い》ふ仕事を自らの職業とする人である。で、實際にあたつては、彼が私に話し聞かせたやうに職業としてのつらさ、厭《い》やさを同時に味ははなければならないのである。處《ところ》がここにその快感を、彼の所謂《いはゆる》嬉しさの味を純粹に私達に享樂させてくれるものがある。それがつまり探偵小説だ。云《い》ひ換へれば探偵小説と云《い》ふものは、人間が本能的に惹きつけられる處《ところ》の祕密の曝露《ばくろ》、犯罪の摘發、或は不思議の解決とか云《い》ふ事を作る主題にして、それに
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