ら、何氣なく答へた。死に對して、そんなに冷淡なのかと云ふやうな表情がKさんの顏に浮んだ。
私達が元の休憩室に歸つた時、机の上には食事の用意が調つてゐた。
「お疲れでしたらう。御覽の通り無骨な料理ですが、お食《あが》り下さい。」と、S氏は傍の椅子に腰を降しながら云つた。麺麭《パン》と肉やサラドの盛つた皿が備へてあつた。
「修道士はどんな食事をなさるんですか。」と、Kさんが訊ねた。
「一餐の時に一品、即ち麺麭《パン》なら麺麭、野菜なら野菜と云ふのが定めです。勿論精進です。牛乳でも脂肪を拔いて飮みます。御馳走もありませんが、これはお客の時や病人にだけ許される食物です。」S氏はいつも低い聲で云ふ。
「修道院は出來るだけ不毛荒廢の地に建てるのが主義ださうですね。」と私が口を切る。
「さうです。さう云ふ處を開墾して、その土地から得たもので自活するのが主義です。さうですね、私が此處へ來てからかれこれ二十三年になりますが……」S氏は細い眼をふせながら、屈託もなく云つた。
「二十三年ですつて……」と、Kさんはフォオクの手を休めて、驚きの面持《おももち》をする。
「あなたも修道をしておいでになるのですか。」と、私はS氏の寂しい顏を見ながら聞いた。
「えゝ、修道士ではありませんが、殆どあの人達と同じ生活をしてゐます。さう……私が此處へ參つた時分はあたりは一面の藪で、隨分酷い處でしたよ。全くこれまでに爲上げる骨折りは非常なものでした。よく秋の末に草が枯れる時分になりますと、山火事がありましてね。とうとう前の木造の修道院は燒けてしまひましたつけ……今の煉瓦造りになつてから、十年餘りですよ。とに角まだトラピストとしての理想の位置には達しません。院長さんは創立後五十年だと云つてゐますから約あと三十年ですね。全く遠大な計畫です。然し、過ぎ去つた月日などは全く夢のやうに思ひます。こんな處にゐても、やつぱり時は同じやうに經つのですがね。」と、S氏は幽かに笑つた。柔和な顏に落ち著きはあつたが、まばらな白髮にも、片頬の小皺にも、消し難いやうな寂しさがあつた。私は自分の年齡と殆ど同じ長さの年月をこんな處で過して來たS氏を悲しく見守つた。
「その間ずつと此處にお住ひでしたか。」と、ふとKさんは云つた。
「ええ、一年ばかり前に用事があつてちよつと凾館へ行きました。それぐらひなものです。彼處《あすこ》も少しは變
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