三人がポプラの林の間を拔けて、修道院の建物に近づいた時、地下室から聲高な祈祷の聲を聞いた。明り窓から黒の僧衣を著た修道士の姿が見えた。
「修道士は無言だと云ふんぢやないんですか。」と、私は彼等の聲を聞きながら訊ねた。
「さうです。然し祈祷と説教と懺悔の時だけはありたけの聲を出します、それも羅甸語でなんです。」と、S氏は微笑しながら答へた。
「普通の會話が出來ないとすると、どうして相互の意志を通じるんですか。」と、Kさんは訊ねた。
「暗號が定めてあります。」
「暗號……不便ですなあ。」と、Kさんは私の方を振り向きながら、幽かな驚きの表情を浮べて輕く笑つた。
 修道院の傍にささやかな附屬會堂があつた。
「どうぞ此處で暫くお休み下さい。」と、S氏は云ひながら、私達を正面の室に導いた。そしてまた扉を締めて、出て行つた。彼の木靴の音が床に緩く響いた。
 室は自分の息が聞える程靜かであつた。
 重い、然し落ち著いた感じのする質素なテエブルと二三脚の粗末な椅子が置いてあるばかりで、地味な唐草模樣の壁紙が室を薄暗く思はせた。そして十字架の基督や、僧衣の人の像が其處に掛かつてゐた。やがて落葉頃のまばらな、ポプラの林に向いた窓から、しめやかな秋の光線が覗くやうに差してゐる。幹と幹、枝と枝との重りの間から、青い牧草の原と山の方へ登る道が見えた。私はKさんと言葉を交へながらも、自分の聲が肝高に響くやうな氣がしてならなかつた。そしていつ知らず二人の聲は密やかになつて行つた。
「ほんたうにしんとしてますね。一生こんな處に生活して行くなんて不思議なやうにお思ひになりませんか。」と、私はKさんに云つた。音響と色彩との強い刺戟の中に生きて行く都會の生活を私は思ひ浮べてゐた。
「さうですね。とても私には駄目ですよ。やつぱり我我のやうなものは、世間のごたごたの中に身を投げて、喜んだり苦しんだり悶えたりしながら、働いてゐてこそ生き甲斐があるやうに思ふんです。私にはとてもこんな生活の意味が分りません。」實務家のKさんはそんなことを云つた。そして語氣を改めて、
「一體實社會を離れて、信仰生活だけに沒頭することが人としての道に適ふのでせうか。」と、強く云ひ放つた。Kさんは彼の背後にある實社會の強い現實的な力を忘れることが出來ないやうに見えた。
「さあ、とに角私は彼等が自分を考へるやうに人のことも考へて貰ひたいと
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