はだいぶ大臣の方でもてこずつてゐるやうぢやが……」
「いや、相變らずごたついてゐますので……」
「さうか。――だが、要は金にありさ。」
「御尤も。――然し、何分地盤にも關係しますことで……」
「ふうむ。――困つたものぢやね。」
私もやがて車窓に身を凭せながら眼を閉ぢたが、あたり憚らない政黨屋の話聲は相變らず小うるさく耳についてくる。九時も過ぎたのであらう。睡魔を感じながらも、私は何故か眠りつけなかつた。と、程もなくけたたましい反響と共に汽車はトンネルにはいつた。私は諦めて、また眼を開いた。そして、本でも讀まうとする氣持になりながら、明りのうす暗くなつたやうな車室の中を何氣なくぐるりと見廻した。
と、女は何時の間にか腰掛の上に横になつてゐた。木枕型の赤い空氣枕に頭をのせ、膝を折り立てながら、向う向きになつたまま講談雜誌らしいものを讀んでゐるのである。それが羽織もぬがないで、着物がしどけない姿に着崩れてゐる。そして、赤い襦袢の襟とたぼの後れ毛との間の白粉燒のした襟足が、電燈の光にまざまざしく照し出されてゐるのが不愉快に蠱惑的だつた。政黨屋の三人はさりげなく話し合ひながらも、時時じろじろとその女の寢姿を眺めてゐる。瞬間、赤鼻の男の口元を過ぎた卑しい微笑に氣が附くと、私は譯もなくはつとして顏をそむけた。
汽車は雨音のみ繁い大津の停車場に止まつて、また間もなく動き出した。私は車室の仕切り板の方に顏を向けながら暫く雜誌を讀み耽つてゐたが、時時無意識にとろとろと眠り落ちる。やがて、雜誌を傍に投げ捨てると、私は車窓に顔を凭せかけて眼をつぶつた。然し、求めて眠らうとすると、私は何故か眠れないのであつた。そして、そのまま私はうつらうつらしてゐた。
或る時間が過ぎた。それでも私は何時とも知らず眠り落ちてゐたのであつた。車體のがくりとしやくるやうな動搖にふと我に返つた私は、何處とない體の不快な痛みを感じて起き上つた。そして、焦點を喪つた眼でうす暗い感じのする車室の中を見るともなく見廻すと、私は煙草に火を點けて吸ひ出した。硝子窓の曇りをぬぐつてみる。眼の焦點がだんだんに合つてくる。と、暗い夜闇の中に鈍く光る湖水の面がぼんやり瞳に映つた。
「まだ琵琶湖のふちか……」
呟きながら、私は時計を見た。何時しかもう十時近くであつた。
其處ばかりもやつとほとぼつた氣のする顏を硝子窓
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