たものか誰がそこに置いたのか、給仕人達も手洗所の番人も一向氣が附かなかつた由を説明した。
「切斷したばかりの新品だな。」
と、ソオルは愼重に管を調べながら、
「それにこの包紙はたしかにこいつを買つた店の物だね。こりやア調べがつくぞ。一つ電話を貸してくれ給へ。」
ソオルは再度グスタフソンを電話口に呼び出して發見品のことを報告した。すると、警視はまた何かの命令を與へたらしかつた。
「畏りました。わたくしから十分御注意なさるやうにお傳へしませう。」
と答へて、ソオルは管の指紋と包紙の出所を調べることを警視に依頼した。
數分の後、ソオルを乘せた自動車はまだ鎭まらぬ吹雪を衝いてストツクホルムから程近い有名な大學都市のウプサラへ再び急いでゐた。そこには殺された百萬長者の後嗣《あととり》で、貴公子風な若男爵のフレデリック・フオン・シイドウが學生生活を送つてゐる。その青年を殺人狂の毒手から守ること、その口から何か犯人の手掛りを掴むこと、それがグスタフソンのソオルに與へた命令だつた。
二十分ほどで自動車はウプサラ警察署の前に止まつた。そして、緊張の面持でソオルが署長室へ駈け込んだその時、署長のエリクソンはちやうど受話器を掛け降した所で、
「ただ今若男爵のをられる場所を部下から報告してまゐりましたんです。」
と、署長は早速自分から口を切つて、
「實はお住居の方においでがないんで少々氣をもんでをりました所、若夫人と御一緒にヂレツト・ホテルで御晩餐中と分りました。何でも御友人方と賑かなお集りださうで、わたしが參るまでお父上の御最後に就いてはお聞かせするなと命じて置きました。すぐにお伴してあちらへ參りませうか?」
「よからう‥‥」
と頷いて、ソオルは署長が外套を着るのを待つてゐた。そして、あはや二人が出掛けようとした刹那、けたたましい電話の鈴!
「警部殿へです。」
さう署長に言はれて、受話器を受け取るなり耳に當てたが、向ふはグスタフソン警視でその聲は凄まじいばかりの興奮に殆ど聞き取れないほどだつたが、ソオルの顏は忽ちさつと灰白色に變つてしまつた。
「な、何事ですかつ?」
と叫んで一歩前に出た署長を制しながら、暫く貪るやうに耳を傾けてゐたソオルはやがてがちやんと受話器を降すと、聲ひそめて、
「ヂレツト・ホテルへ急行だ。一刻も猶豫はならん。正に青天の霹靂‥‥」
死の接吻
ウプサラ社交界の華ヂレツト・ホテル、裝飾電燈《シヤンデリア》輝く溜間《ロビー》には夜の裝ひを凝らした紳士淑女の群、その玄關先に自動車を乘り捨てたソオル主任警部とエリクソン署長は外套を預所《クローク》に置くと、すぐ支配人に面會を求めた。
「若男爵御夫妻はただ今大食堂の方においででございます。御友人六名樣と‥‥」
慇懃にさう言つて、支配人は二人を早速大食堂の入口へ案内して行つた。と、折柄ダンスの一くさりが終つたばかりで、亞麻色髮《ブロンド》の若男爵フレデリックはその踊相手と、黒髮の持主の美しい夫人のイングンは夫の友達の一人と、何れも自分達の食卓に戻る所だつた。そして、その食卓の上には大きな花鉢に盛られた赤い薔薇が鮮かな色に映えてゐた。
「若男爵にここへお出で戴きませうか?」
支配人がさう尋ねると、ソオルはちよつと躊躇の色を見せたが、とにかく一人の紳士がお眼に掛かりたいから、その邊に小部屋はないかね?」
「ございますとも、あすこに‥‥」
ソオルとエリクソンは溜間を横切つてその方へ歩いて行つた。一方支配人はフレデリックの食卓に近寄ると、ソオルの詞のままをその耳元に囁いた。
「ふふん‥‥」
と、フレデリックは唇に微笑を浮べた。そして、食卓の向ふ側にゐる妻の不審げな眼差をじろりと眺めやりながら、
「誰かが僕に會ひたいんださうな。」
と、陽氣な調子で言つてひよいと立ち上つた。すると、イングンも立ち上り食卓を廻つて來て夫と腕を組み合せながら、
「あたしも一緒に行きますわよ。」
そのまま輕い足取で溜間へ出て來た若男爵夫妻の姿を見ると、支配人は指差しながら、
「あすこの部屋にお待ちでございます。」
「や、有り難う。」
と、フレデリックは輕く言つた。
その時、イングンは傍の椅子にぐつたりと腰を降した。とフレデリックはその脇に佇んで、微笑しながら暫く妻を見降してゐたが、やがて體をかがめるとその美しい顏をぐいと引き寄せて貪るやうに接吻した。そして、イングンの眞白い兩腕が夫の首筋にからむと見えたその一瞬時だつた「パアン‥‥」
と、轟然たる爆音。そして、フレデリックがすつくと立ち上つたかと思ふと、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]から眞紅の絲を引いてイングンの體は崩れるやうにその足下に倒れ伏した。
あたりは忽ち阿鼻狂喚の巷! 小部屋から躍り出したソオルとエリクソ
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