をざつと語り聞かせてゼッテルベルグ老人の殺される前の行動を取り調べてゐる事情を説明すると、
「それで、先週の土曜に老人が御當家へ參上したことが判明しました譯ですが、その點に就き搜査の御援助を戴きたい次第で‥‥」
「さやうさ、たしかにやつて來ましたよ。」
 と、男爵は重苦しい聲で言つて、
「だがな、あの老人とは久しい以前からの知合ひでして、心安立てにちよつと訪ねて來たに過ぎませんのぢや。で、今朝方の新聞であの老人夫婦が殺されたと知つて誠に驚いとる譯です。從つて、搜査のお役に立つやうなことは格別お聞かせも出來ませんですて‥‥」
 靜に打ち頷きながらも、ソオルは密に探るやうに男爵の顏を見詰めてゐた。次の刹那、もうこれ以上何も聞くまいと決心の臍を固めて、そのまま暇を告げた。そして、警察廳へ歸るや否や待ち兼ねてゐたゼッテルクイスト部長とグスタフソン警視と會見した。
「男爵はたしかに何かを隱してゐます。」
 と、ソオルはさすがに興奮の色を浮べて、「聲はしつかりと落ち着いてゐましたが、眼が神經過敏に瞬いてるんですな。とにかくありやア何かにひどくおびえてゐる證據で、どうも見るに忍びなかつたもんですから、強ひて問ひ重ねることはしませんでした。」
 部長と警視は頷き返したが、正に呆然自失の體だつた。男爵の沈默の蔭には果して何が潜んでゐるのか?
 土曜と日曜の終日ストックホルム警察廳は犯人の捕縛に必死となつたが、いろいろな手掛りも空に歸して、警察官や探偵達もただ疲れるばかり、すると、モルトナス島の慘劇發見からわづか五日目の三月七日の月曜の夕方午後五時といふに主任警部室の電話の鈴《ベル》がけたたましく鳴り響いた。
「えつ、な、何だつて?」
 受話器を耳に當てたソオルの顏は忽ち眞青になり、あたふたと自席を飛び出して警視室の扉を荒々しく引きあけると、今耳にしたばかりの驚くべき報告を傳へた。
 瞬間、グスタフソンの大きな顏もさつと青白み、肩先ががくりと戰いた。果然、ゼッテルベルグの別莊の物凄い殺戮は何等かの祕密な筋道で百萬長者フオン・シイドウ男爵へ繋がつてゐたのだ。グスタフソンはその丸々とした兩手を机の面に突つ張つてぐいと立ち上ると、呶鳴りつけるやうな聲で、
「さア、すぐ出掛けよう。」
 そとはひどい雪で、警察自動車は獨特の無氣味なサイレンを絶えず響かせながら進んで行く。ソオルは暗い行手をぢつと見守つてゐたが、やがてグスタフソンに囁きかけた。
「一昨日訪ねた時、男爵がもつと率直に打ち明けてくれましたらね! たしかに何か祕密を胸にたたんでゐたやうですが‥‥」
 グスタフソンは無言だつた。そして、警察自動車は街燈の光りも見え分かぬ、雪の深い通をのろくさい速度で走つてゐたが、やつとのことで、シイドウ男爵の住ふアパアトメント・ハウスの廣大な入口に辿り着いた。

    解き得ぬ謎
 グスタフソンとソオルは早速昇降機で三階へ急いだ。そして、二人の巡査の張番してゐる玄關を通ると、ソオルは先に立つて例の豪奢な應接間へはいつて行つた。と、數人の警察官に取りかこまれた一つの安樂椅子、その上に顏の上半を打ち碎かれて血みどろになつた男爵のでつぷりした體が横たはり、椅子にも高價な敷物にも血が流れてゐた。
「もう事切れてゐるのかね?」
 と、ソオルはその傍に膝まづいてゐた警察醫に向つて聲高く尋ねかけた。
「はい、たうとう意識を回復なさらないで、今し方息を引き取られました。」
 醫師がさう答へると同時に一人の巡査部長が進み出て、堅苦しく一禮しながら、
「血の痕を見ますと、男爵は食堂で打ち倒され、ここまで引き摺つて來られたもののやうです。犯行は男爵の姪御のモニカ・シユワルツ孃によつて三十分ほど前に發見されたんでありますが、裏側の部屋にも同樣な手口で殺害された死體がございます。それ等はわたし共が來た時には全く絶命してをりました。」
「それ等とは?」
 と、グスタフソンが尋ねかけた。
「雇女であります。一名は老家政婦のカロリナ・ヘルウ、一名は若い小間使のエツバ・ハム、どうぞあちらで御見分願ひます。」
 巡査部長の案内で食堂を横切ると、住居の裏側へ進んで行つた。先づ臺所には顏をぐざぐざに碎かれた小間使が仰向きに倒れて、床にも家具にも血が飛散してゐた。そして、無慘にも剥がれた兩手の爪、それは死に面して娘が如何に狂ひもがいたかを語り、頭蓋からへぎ取られた一束の髮の毛さへ死體の傍に投げ出されてゐた。
「一昨日取次に出たのはこの娘でした。」
 と、ソオルは死體の傍に膝まづきながら、
「この娘も男爵もゼッテルベルグの一家と全く同じ手口で殺害されてをりますな。」
 グスタフソンは頷いた。巡査部長は更に隣の小部屋へ導いて行つた。そこの床にはうしろの頭蓋骨を打ち碎かれた老婆がうつ伏せに倒れてゐた。巡査部長は
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