二人の女を殺害したのか? 一方、男爵はいつも紙入に大金を入れて置くといふことだが、死體の懷中には一文の金もなく紙入も見つからなかつた。この點ちよつと強盜の仕業らしくもあるが、物取が目的ならただの|追剥ぎ《ホールド・アツプ》でも濟む譯。尤も、何かの理由で殺害の後、犯人が出來心で奪ひ取ることもあり得るが、どうにも不可解なのはその二人の女の慘虐な殺し方だ。
 今やソオルはゼッテルベルグ、シイドウの兩慘劇が同一犯人の仕業であることを固く信じた。そして、それが一種の殺人狂の兇行だとするグスタフソン警視の見込が正しいこと、犯人が少くともシイドウ男爵家に何かの縁故を持つ者だといふことをはつきりと感じるに至つた。

    淡紅色《ピンク》の下袴《スリツプ》
 三つの死體を運搬自動車で送り出したあと、ソオルは更に辛抱強い探査をつづけてゐたが、やがて何の氣もなく應接間の長椅子の褥をひよいと持ち上げた途端に突如として眼に著いた生々しい血染めの布、何とそれは婦人の肌に著ける贅澤なレイスで縁取りした絹の下袴の斷片ではないか?
「大發見、大發見‥‥」
 と、もとは淡紅色なのだが今は血で眞紅に染まつたその下袴の兩端をつまんで眺めてゐると、巡査部長が飛び込んで來て、
「な、何でございますか、それは?」
「血を拭いた布だよ。」
 と、ソオルはその發見に大滿足の體で、
「然し、いつたい誰の物かね? 無論、あの孃ちやんや雇女達の用ゐる奴ぢやない。こりやア非常に金持の女の肌着の一部分だよ。」
 部長はひどく驚いた樣子で小聲になり、
「まさか犯人が女なんていふことは‥‥」
「いや、どんな女だつてあんな打撃を加へ得る力があるものか。だが、女が犯人と一緒といふことはあり得る。若しかすると、この兇行には何かの形で女が交つてるぞ。」
 間もなく、戸棚の中の重ねた食卓掛布《テーブル・クロス》の下から血染めの下袴の殘りの隱してあるのが見つかつた。それは肩の釣革を引きちぎつた下袴の上半だつたが、その無氣味な第二の發見物を調べてゐたソオルは突然呶鳴つた。
「圖星だ! 正に女が登場してゐる。つまり着物の下から下袴を引きちぎつて、そいつで血をぬぐつたんだよ。」
 その時玄關の扉を強く叩く音がした。そして、やがて一人の巡査が制服を着た郵便集配人を伴つて來ながら、
「實はこの男が犯人らしい者を目撃しましたさうで‥‥」
「そ、そり
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