だらう。が、例へこの手記を讀んでどんなに苦しみ悶えようとも、それは直ぐに忘れてくれ。ただ、この中に書く事柄を心に堅く頷いてさへくれれば私は滿足なのだから‥‥‥。それだけで私とお前の夫婦生活は眞實の上に成り立つに違ひないのだから‥‥‥‥。
 繰り返して言ふ、飽くまでも堅く私を信じてゐてくれ。現在も、未來も、そしてまた、過去も‥‥‥‥。

 日光が燒けつくやうに硝子窓に燃えてゐた八月の三日、さう思ふと、もう今日までに四月近かくの時が過ぎ去つてゐる。[#「過ぎ去つてゐる。」は底本では「過ぎ去つてゐる」]ほんとうに思ひ巡らす月日の短かさだ。
 その日の眞晝近く、地上のすべての事物は、人も、樹木も、家屋も、電柱も、また砂にまぎれる小蟻さへも、息を途絶えさすやうな劇しい暑さに疲れ果てて、ぢつと聲をひそめて立つてゐるやうに思はれるその眞晝近く、私は理科大學研究室の窓際の机に向つて、一所懸命に蘭科植物の葉色素研究の爲めに顯微鏡を覗き込んでゐた。そよとの風もない部屋の蒸暑さ、窓の向うに見える緑の深い銀杏の並木さへ葉をうなだれてゐたが、私の感覺はただ顯微鏡の小さな孔から映つてくる鬼蘭の、青い格子縞のやうな
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