毒状態にはひつてからは別として、適度の吸飮は非常な催欲手段となるらしい。さう云へば、大概の阿片窟には阿片吸飮を世話する若い女がゐること、日本の徳川時代の或る種の風呂屋の湯女の如く無論その正體は賣笑婦なのだ。[#「。」は底本ではなし]
 その阿片を、私は上海でただ一度生れて初めて吸飮してみた。三ヶ月の支那旅行を終つて、いよいよ明日は日本へ歸ると云ふ前夜、向うで知り合つた二三の友人と別宴を交し可成り醉つてゐた處を例の黄苞車《ワンパオツオオ》でぐるぐる引きまはされたあとなのでどこのどう云ふ處にあつたのか覺えてゐないが、とにかく法租界の暗い裏町にある二流どこの阿片窟だ。勿論それは支那の、而も惡の都上海でも御法度の家で、友人の案内を受けながらまつ暗な狹い路次を曲り曲つてやがてはひつたのが私人の宅らしい感じの二階建、如何にも探偵小説めいてゐるが、外からは燈灯さへ見えないその家のまつ暗な中庭から、扉をあけて進み入るとこれもまつ暗なまるで物置のやうながらんとした部屋なのだ。そしてその一隅にある傾斜の急な階段を手探りに登つて、登りついた二階の廊下の扉を開くと電燈のぱつとした、十疊ほどの長い廣間だ。
『入
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