那料理の如きも、その調理法には催欲のためと云ふ事が念頭に置かれてゐるらしい。
東京や横濱、神戸、大阪などで、私は度々支那料理を食つてみた。そして、そこには純粹の北京料理だとか廣東料理だとか銘打つたのもあつたが、水のせゐか、氣候のせゐか、すべてがどうも多少の日本化を免れてゐない。氣のせゐも恐らくあらうが、本場のとはどこか違つた感じがする。[#「。」は底本ではなし]それに甚だをかしい告白だが本場の北京、天津、上海、杭州、乃至は奉天などで支那料理を食つたその晩やその翌日なりは、私は、いつもとなく色欲の興奮を感じさせられた。[#「。」は底本ではなし]或は本場のには日本では使へないやうな何か特別な材料でも使つてあるのかも知れないが、これは日本で支那料理を食つた場合にはそれほどはつきり意識的には來ない。實際北京の正陽樓や小有天あたりで正式な支那料理を食ふなどは、君子人にとつてはちつと險呑な事だと云へぬでもない。[#「。」は底本ではなし]
處で、阿片なども支那へ行つて通な人から實際の説明を聞くまでは、普通の煙草と同じやうに吸飮そのことに深い享樂があるのだと想像してゐたが、これも初めの内や極端な中
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