、子供が二人……」と、女は涙ぐんだ眼で隣の部屋の方に眼くばせした。
「ええ?――君の……」
女は默つて頷いた。
「どうして?――そして、君は……」と、私は息を彈ませた。
女は答へ兼ねたやうに俯向いてしまつた。
眞面《まとも》にびしりと何かを叩きつけられたやうな氣持だつた。私は隣の部屋の方を振り向き、女の姿を見詰めながら、不安と、困惑と、羞恥と、疑惑の中に立ち迷つてしまつた。
「何故……」と、やがて云ひかけたが、私はその先を云ひためらつてしまつた。
女は痛痛しい視線で私を見上げた。
「夫は、夫は、肋膜炎に罹つてゐますの。――この夏の初めから……」と、女は聲を戰かせながら、絶望的な調子で云つた。
密かな想像が其處へ動きかけてゐた。その途端だつた。で、今までのすべてをはつきりさせてしまふやうなその詞を聞かされた時、驚きに打たれると云ふよりも、騷いでゐた私の氣持はふと鎭まつた。そして、その鎭まつた氣持のままに、初めて我に返つたやうに、私は眼の前の女の姿をぢつと見詰めた。と、すべてを打ち明けて張り詰めてゐた氣持の綱が弛んだのか、女は俯向いたまままた啜り泣き始めた。
「これも革命の悲慘な犧牲者の一人に違ひない……」と、私は心に思つた。そして、その啜り泣きの聲に惹きつけられながら、默つて膝に眼を伏せた。
長い沈默が互の間に過ぎて行つた。
「然し、御病人の樣子はどんななの?」と、私はやがて靜に訊ねかけた。
「ええ、もう長くは持ちますまい。醫者にかける事が出來ないんですから。――それに第一、私達四人は昨日から何にも食べませんの……」と、女は啜り泣きをこらへながら、途切れ途切れに答へ返した。そして、暫く口を噤んだあと、急に身を顫はせながら※[#「口+斗」、30−5]んだ。「これもみんなあのレエニンのためですよ。――あんな憎い、恐ろしい男はありません。」
痛痛しい反抗の姿だつた。私は思はず顏を反けながら、ふつと溜息づいた。
「然し、君達はどうしてこんな……」と、私はためらひながら云つた。
「聞いて下さい。――みんなお話ししますから……」と、女は涙をぬぐつた。
やがて女が語り出した話はかうだつた。――夫がペトログラアドの近衞騎兵聯隊の一等大尉だつた事、結婚して長女が生れると間もなく革命が起つた事、職を剥がれ、財産を沒收されて親子三人命からがらにペトログラアドを遁れた事、あら
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