せん。そして、ひよいと其處に湧いた空虚の感じと、寂しさの意識が、皆《みんな》の奥底にある果敢ない氣持を起させたことだらうと思ひます。で、皆《みんな》の顏色からそんなことを讀み取つたばかりでなく、實は私もそんな氣持がしたのです。
「すべてが運命の惡戯《いたづら》……」
その瞬間、五人が五人ともぢつと沈默したまま、そんなことをしみじみ思ひ浮べてゐるやうに見えました。
「然し考へて見ると、戀愛なんて結局つまらないものだ。」
と、Yは言はずにはゐられないと云つたやうな樣子で、いきなりその重い沈默を破つてしまひました。が、皆《みんな》はそれに答へようともしないで、やつぱり沈默を續けてゐました。
「だがねえ、君、僕の場合に於てさ、その時の女の心持つて一體どう云ふのだらう。どう考へても、わけが分らないんだ……」
暫くうつむいて考へ込んでゐたS中尉は、やがて思ひ出したやうに身を起すと、どうしても解けない謎を持ちあぐんだやうにかう云ひました。
「そりやあ君、分つてゐるさ。女は屹度月經期だつたに違ひないよ……」
と、Mは苦もない調子で、はつきりと云つてのけてしまひました。
S中尉は幽かに苦笑しました。座は明かに白け渡りました。皆《みんな》の興味が戀愛問題を離れてしまつたのは、云ふまでもありません。
丁度十二時少し前でした。
(七年一月作)
底本:新進作家叢書22「修道院の秋」新潮社
1918(大正7)年9月6日初版発行
1922(大正11)年8月15日13版
入力:小林徹
校正:伊藤時也
1999年11月29日公開
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