S中尉の話
南部修太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)皆《みんな》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)S中尉|冒險《アバンチウル》の始まり
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)さうした[#底本では「さしうた」と誤り]
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「まあ皆《みんな》、聞いて呉れ給へ。この僕にもこんな話があるから面白いぢやあないか……」
と、B歩兵聯隊附のS中尉が話し始めたのです。かう云ふと、定めて戰爭の手柄話でも聞かされるのかと、お思ひになるでせう。處が大違ひなんです。この間Mの家で、一昔前《ひとむかしまへ》のA中學校の卒業生だつた我我五人が、久し振りに落ち合つた時の話です。五人と云つても、Mはもう法科大學の四囘生ですし、Yはある商店の番頭でお召ずくめかなんかでをさまつてゐますし、Hは高工を出て或る造船所の技手、それにS中尉と、私だつたのです。勿論五人の間には昔ながらの親しみと、寛《くつろ》ぎとがありました。然し、姿形から云ふともう見違へる程大人びて、腕白な中學時代の面影は殆ど何處にもありませんでした。
寒さの隨分嚴しい晩でしたが、しつきりなしに喫《ふ》かす煙草の烟や、Mのお母さんの心添への伊太利亞ベルモットの醉ひに、皆《みんな》の顏は赤く染まり、何となく座が浮き立つてゐました。それに何と云つても血氣盛りな、若若しい人達の集りです。自分の生活や爲事の話、行先の希望、人生觀などと話題に興が乘つて、やがて結婚や女性問題が話の中心に進んで來た時です。
「どうだい。久し振りの罪滅しに戀愛に關する告白をし合はうぢやないか……」
と、座の一人が提議しました。
「賛成、賛成……」
と、調子づいてゐた皆《みんな》は、直ぐにその提議に和したのです。
初めの話手はMでした。彼は法科大學生らしい口調と、少し眞面目過ぎるやうな態度である年上の女との戀を語りました。次に商店の番頭のYは、非常にセンチメンタルな調子で、ある娼婦と心中未遂に到るまでの捨て鉢な戀の告白をしました。其處には流石に世間の苦勞を甞め盡して來た男らしい眞實味がありました。温厚で、純で、そして一番年弱だつた技手のHは、少し顏を赧らめながら、或る海軍將官の娘に對する片戀の痛みを物語りました。非常にはしやいでゐた一座
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